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雪が足元を覆うほどになったころ、少年の涙はようやく枯れた。
何一つ変わったことはない。
ただ、溜め続けた澱を出しただけで。
双肩に圧し掛かる罪も、これから迎える戦場での日々も、何ら変わらない。
それでも限界を訴え張り詰めていた心は、どこか落ち着いていた。
通り過ぎて行く白い使者をぼんやりと見送っていた衣織は、自分が未だ名前も知らぬ相手の腕に包まれていることを思い出した。
激情に駆られて泣き叫んでしまったが、よくもまぁ不審者に抱かれていられたものだ。
面の皮が厚いのかもしれない、と半ば呆れながら、そっと上目で相手を伺った。
「なんだ、もういいのか?」
「……」
やんわりと微笑まれて、僅かに気恥ずかしさを感じたが、大人しく頷いておく。
相手の腕をそっと外させながら、ぎこちなく言う。
「あのさ」
「どうした?」
「ありがと……その、ちょっとスッキリした」
はにかんだような小さな笑みに、相手は満足そうに頷いた。
「俺は、衣織……アンタは?」
「名乗れるじゃないか。私は、そうだな……翔嘩と呼べ」
「翔嘩?」
どこかで聞いたことのある名前に、首を傾げる。
一体どこだったか。
そう昔のことでもないはずだが、あまり他人と会話をしないので記憶は薄い。
しばし脳内を漁っていたが、一向に出てくる気配がないので諦めた。
翔嘩は肩に積もった雪を払いつつ、衣織の隣に座り直す。
品の良いロングコートは高価なものに見えたので、自分と同じように地べたに腰を下ろす姿に内心だけで驚いた。
「私にも、家族はいない」
「え?」
「母は幼いころに病で死んだ。父も最近逝ったばかりだ……兄弟も」
「……」
「お前と同じ、一人きりだ」
「そっか」
息が白いもやを作る。
夜空を見上げれば、深い灰色から落ちる雪。
音を奪う自然に屈するように、二人は従順に黙す。
不思議と、心安らぐ無音の世界。
足元のカンテラが暖かい。
言葉を交わさずとも、こうして隣り合うだけで満たされる空気。
まるで、昔から知っている間に流れるような、静かで暖かい空気。
やがて雪が止み、空が白んで来るそのときまで、無言は貫かれた。
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