今なお続く昔話。




親のいない蓮璃には、弟がいた。

名前を璃季といった彼は、ダビデの内乱で反乱軍に参加をしていたと、いつだったか蓮璃が話してくれた。

「内乱?」

それを今、出会って間もない男に、話し聞かせる自分に苦笑をしたら、雪が首を傾げた。

再開した歩みを止めることなく、後方へと補足を投げる。

「あぁ、アンタ他国から来たんだっけ。二年前にあったんだよ。皇帝に反発していた大貴族がいてさ、そいつが政権奪取のために無謀にも反乱を起こしちゃったわけ」
「そうか」
「うん。先帝が崩御して今の翔樺皇帝になった途端、まぁ気に食わなかったんだろうな。民衆を扇動していきなりの挙兵。先帝の政治は少し強引だったから、もともと民衆もその血筋の翔樺皇帝にはいい印象なくて、その馬鹿貴族側について反乱軍として参戦したやつが結構いたんだ」

懐かしく思うにはまだ然程、時間は過ぎていない。

ダブリア北部に位置するダビデ地方での内乱は、当初その勢いに軍が圧され、瞬く間に各地へ飛び火した。

世代交代の時期が災いして、翔華皇帝が軍内部で主導権を掌握するまで、時間がかかってしまったのも反乱が深刻化した一因だ。

当時の凄惨な様子に浸りかけて、衣織は慌てて話しを本筋に戻した。

「そんなことはどうでもよくって……」

蓮璃と璃季は、姉弟ながらも恋人同士だった。

身寄りのない二人は、お互いしか頼れる者がおらず、いつしか家族という枠を超えて恋慕の情で結ばれていた。

それなのに、反乱軍として戦場に出た璃季は、あえなく戦死。

亡骸さえも戻っては来なかった。

「安い芝居だな」
「だろ?」

雪の感想に苦笑混じりに頷いた。

まったく出来の悪い脚本だと、同意せずにはいられない。

けれど、当人たちは本気だったのだ。

本気でお互いを愛していた。

暴風に流される白い礫が、容赦なく体を横殴りするのを鬱陶しく思いながらも、足も口も休めなることはなかった。

誰にも話したことのない、昔話。

誰にも話せなかった、人の昔話。

そしてここからは、衣織の昔話だ。

「璃季が死んだ時、蓮璃は壊れ始めた」

彼女の心に亀裂が走った瞬間であった。

深く甚大な亀裂は、決して修復されることもなく、少しずつ。

けれど確実に彼女を狂わせた。




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