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「俺は知ってる、もう知ってる……っ。人を殺す感覚を、知ってる……。残ってるんだ、だから夢に見るんだ」
身体にしっかりと刻まれた、明日を狩る感覚は少年の夢をリアルに描いた。
屠った者は、見知らぬ誰か。
それでも流れる色も、引き裂く肉も、みな同じ。
寸分違わぬ人のもの。
例え夢の相手を殺していないとしても、別の誰かを殺した自分は。
「怖いんだ……怖いんだ、ぜんぶっ……眠ることも、殺した相手も、自分自身も……こんな感覚、俺はいらいないっ!」
目の上に当てられた掌が、冷たくて。
心地よさに誘われたのか、嗚咽が喉から競り上がった。
連綿たる悪夢の鎖。
真っ赤に染まる映像に、深夜一人声にならぬ声を上げ飛び起きる。
眠れば訪れる断罪の時間は、背中に負った屍の分だけ深い爪痕を残した。
殺さなければいい。
殺さなければいい。
以前と同じように、争いから離れた世界に逃げればいいのに。
刃など手にしたこともなかったあの頃に。
けれど知っている。
本能が教えてくれる。
もう自分は戻れない。
一度血潮を啜った自分はもう、二度と。
己の制御の遠い場所で、身体の奥深くから目覚める戦の神。
自分が自分でなくなる瞬間は、堪らなく恐ろしい。
だが有する力が消えることは決してない。
見知らぬ自分が恐ろしい。
夢で出会う愛しい死体が恐ろしい。
夜が明ければ、また誰かを奈落に突き落とす。
戦いを繰り返すたび、夢は威力を増して行く。
連綿と続く。
連綿と続く、出口の見えぬ悪夢。
寝ても覚めても、そこは悪夢。
限界だった。
「分からないんだ……なんで戦えるのか。嫌なんだ、手に残る感触が……っ俺は殺してないのにっ殺してないのに、殺しているんだっ」
決壊した感情は、何も鎧うことなくありのまま。
幼い虚勢が砕け散り、外界へと吐き出される。
小さな躯いっぱいに詰め込まれていたものが、ようやく。
流れ出す。
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