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「何もかも、恐ろしいんだな」
「ちがっ……」
「恐ろしいと、声にすることまで」
容赦なく踏み入る侵略者は、こちらの胸中をいとも簡単に看破してみせた。
言わないで。
暴かないで。
誰に知られることもなく、己の脆弱を秘めていたかったのに。
喋らないで。
目を向けないで。
崩れかけた均衡を、どうにか繕っていたのに。
何故、無理に引き出そうとする。
どうして、白日を注ぐ。
「言えばいいさ」
彫像のようにコンテナの上を見つめ続ける黒髪に、美貌の主が柔らかく微笑んだ。
「認めてしまえ。恐ろしいことを恐ろしいと言えぬ恐怖ほど、耐え難いものはない」
「違う……俺は……俺は」
「躊躇うな。恐怖を感じるお前は、確かに人間なのだから」
気が付けば、しなやかな腕に抱き締められていた。
痛いほどに優しい温もりを、頬に感じる。
淡い絹糸の髪が、すぐそばにあって。
どれくらいぶり。
どれくらいぶりの、暖かさ?
抑圧の戒めが、解かれる。
身動ぎも出来ぬまま、衣織の強張った口元が動いた。
「夢……」
「ん?」
「夢を、見るんだ……。毎晩、毎晩」
「どんな?」
穏やかに促す音色に、顔を俯かせる。
今から語る言葉を直視してしまったら、きっと自分を許せない。
この唇が紡いではならない一言を、出してしまうのだから。
そして、出さなければならないところまで、来てしまったのだから。
「父さんや母さん……俺が殺す……殺してないのにっ、殺す……夢、夢を……」
叫び声が追い詰める。
肉を絶つ感触が追い詰める。
鼻にこびりついた匂いが追い詰める。
追い詰める。
夢の中で、追い詰められる。
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