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未だ銃は高価で、軍でもなければそうそう目にしない。
大都市ともなれば、裏路地にひっそりとガンショップなどもあるが、一般人が購入出来る額ではないし、戦場ではどちらの陣営にも少数ながら必ず術師がいて、彼らの術で例え発砲してもそう簡単に被弾させてくれないのだ。
銃弾にかかる費用もあるし、手入れも面倒。
戦闘の真っ只中で弾切れなんてことになったら、洒落にもならないこともあって、リスクを負ってまでわざわざ銃を使う傭兵など、衣織は知らなかった。
なら、正面でこちらの様子を眺める相手は、一体何者だと言うのか。
「アンタ、マジで誰?」
眇めた眼は、対象の本質を見抜こうとでも言うようだ。
「物覚えが悪いな。お前は名乗らぬくせに、私に強制する」
「優しく聞いてるうちに、答えろよ」
「牙を剥いておきながら、よく言う」
くすくすと笑われれば、少年の口は不機嫌に下がらざるを終えない。
気品さえ漂う微笑みは、彼が初めて目にする類のものだった。
無邪気さとは程遠く、欲深さとも結びつかない。
からかう意思はあっても、愚弄の気配は感ぜられない笑み。
衣織は諦めたように一つ息を吐き出すと、張っていた肩から力を抜いた。
「……もういい。ここにいるってことは敵じゃないんだろ?見逃してやるから、消えろよ」
構うからいけないんだと、半ば強引に自分を納得させる。
傭兵の野営地は国軍のものと隣接しており、敵の懐にたった一人乗り込んで来るとは思えなかった。
「密偵かもしれんぞ?」
「本当に密偵なら、俺に話しかけるわけないだろ」
「なるほど」
「もう気が済んだなら、どっか行けよ。俺の前から消えろ」
妙な疲労を感じて、再び元の通りコンテナを背に座り込んだ。
地面に投げていた毛布を引き寄せ、しっかりと身体に巻きつける。
だが、頭上の存在は一向に動かない。
相手の長い足が、こちらの顔の横にあるままだ。
チラリと目を投げた衣織は、じっと見下ろしてくる灰色の双眸を睨み付けた。
「なんだよ、早くどっか消えてくんない?」
「人の話を聞かない奴だな」
「それはアンタだろっ」
「いいや、お前だ。私は最初に言ったはずだ。『子供は寝る時間だ』とな。何故テントに戻らない?ここで眠れば凍えるぞ」
いくら毛布や精霊石があったとしても、屋外ではとてもこの寒さに耐えられない。
暖かい防寒仕様のテントに戻ればいいものを。
ハラリと舞い降りた白い欠片を見止め、少年は夜を見上げた。
「……いいんだよ。俺、別に寝ないし」
「反抗期か?」
「子供扱いやめてくんない?」
居心地悪そうに眉を寄せ反論。
さっきから何なんだ。
あからさまな子供扱いにイラつく。
年齢的には仕方のないことだとしても、納得しかねた。
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