「顔も見たことない奴に、名乗るほど親切じゃねぇんだよ」
「ならば私も名乗りはしないさ。お前の顔など、見たことはないからな」

意識的に低い声音で凄んだ衣織だったが、対面の存在は意に介すこともなく、むしろ楽しそうだ。

桜色の髪を細い指でかき上げ、長い足をゆったりと組み変える。

その余裕の態度に、腹の底がカァッと熱くなった。

「アンタ……俺のこと知らないの?」
「お前こそ、私のことを知らぬか?」

華奢な身体から立ち上る殺気に、大気がざわりと反応。

足元で小石が跳ねる。

気付かぬはずもないのに、向かいの人物はそれでも口角を下ろさない。

「あんまふざけてると、殺すよ」
「やって見ろ、小僧」

瞬間、衣織は地を蹴った。

忽然と姿を消した黒髪の少年。

瞬きの間の出来事を、果たしてどれだけの人間が視界に納め続けられるだろう。

風のような素早さは、人間離れしている。

次のときには、彼のしなやかな身はコンテナの上。

淡い髪の背後で、短刀を振り上げていた。

狙うは頚椎。

一発で仕留める攻撃。

明確な殺意を込めた切っ先が空を裂いて、相手の白い首下に埋まる直前。

「正面からでは、恐ろしいか」

囁きと。

パンッと至近距離で聞こえた破裂音と共に、頬を掠めた小さな凶器。

本能的に、少年は標的の頭上を飛び越えて、コンテナの上から飛び降りた。

元いた場所よりも、距離を置いて着地する。

鼻腔を突いた硝煙の匂い。

馴染み過ぎたそれ。

相手の手の中に銀の輝きを見つけ、僅かに目を見張った。

「……アンタ、傭兵じゃないな」
「あぁ、違うな」

自身の顔の横で銃口を上に向けたままの相手が、満足そうに笑う。

倒れた精霊石のカンテラの光を受けて、そのフォルムが鋭く光った。

「銃なんて、戦場で使う奴はほとんどいない」

険しくさせた衣織の頬から、一滴の血が流れる。

ちりちりと焼け付くような、小さな痛み。

けれど、そんなものは少年の中には存在しなかった。




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