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自嘲の台詞が帯びた、悲哀の芳香。
生きていることが、苦痛でならない。
死すれば奪った命が恐ろしい。
どちらにしても、痛いばかりの身体。
手に馴染んでしまった感触が、思考を紅へ誘う。
罪と身体が見合わない。
背負うには、まだ少年の背中も肩も、小さ過ぎたのだ。
無理に担いだ骨が、軋んで仕方がない。
今にも砕けてしまいそう。
赤い刃を、殊更力を込めて抱え込んだ。
「今宵は月もないか」
不意に沈黙を破った音色に、衣織は顔を上げた。
しかし、視界に映るのは無人の景色。
物資が詰められた箱が、ところ狭しと並べられているだけで、人影など見当たらない。
「雪が降りそうだ。早くテントに戻るがいい」
ついに幻聴まできたか、と笑おうとした少年だったが、もう一度声をかけられて、思い過ごしではないと知る。
気配を感じ背後を振り向いた。
「子供は寝る時間だぞ」
楽しそうに細められた、深い灰色の双眸。
咲き誇る花の如き美貌は、内から滲む絶対の自信で一層の輝きを見せ、相手の性別を判然とさせない。
自分が寄りかかっていたコンテナの上にある存在に、衣織は内心の驚愕を押し殺し、険しい表情を浮かべた。
いつ何時、そこに現れたのか。
気付かずにいた自分に、盛大な舌打ち。
油断するにもほどがある。
「誰だ……」
戦場に出てから一年が経過した。
子供をからかおうと、難癖を付けて来た連中は、赤い刃を目にした途端逃げ出すほどで、こうして誰かに話しかけられたのは、久しぶりのこと。
だから余計に、この見知らぬ人物に不信感が募る。
手負いの獣さながらの、剥き身の警戒心。
「自分は名乗らぬくせに、人には要求するか」
「……」
相手は益々笑みを深めたが、未熟な虚勢を嘲弄するような響きがある。
張り詰めていた精神が、きりきりと音を立てた。
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