灰色と桜色。
突き刺すような風に混じった、夜の匂い。
日照時間の短い時期は、どれほど激化していようとも、日暮れと同時に両軍とも野営地に退いて行く。
国軍の足は闇を一つ明かすごとに、敵の陣営へと確実に距離を詰め、この小さな戦もまた結果は見えていた。
有力貴族と言えど、国に勝負を挑むには戦力が明らかに足りなかった。
民衆をも巻き込んで反乱軍を作り上げたのはよかったが、土台政権を崩すのは無理な話。
強大な力を目の当たりにして、逃げ出さずに刃を構え続けるほど、一般民衆の心は強くない。
冷静になってみれば、即位したばかりの皇帝の手腕を見る前に、何故に非難の声を上げたのか、分からなくなっただろう。
悪い呪術にかかったのか、何かに洗脳をされていたのか。
そう思ってしまうほどだ。
舵を取らせてからでは遅いとも言えるが、現役皇帝に置いてはほとんど判断材料がないのだから、反乱に賛同したのは浅慮。
首謀貴族にいいように流されたとしか言えない。
「そんなこともねぇだろ」
一人の男が、赤らめた顔で言を紡ぐ。
明日への景気付けにと、酒盛りを始めた傭兵の群れで成された会話。
軍人の姿がないからこそ、肴代わりに野次を交えて話せる内容だ。
「あぁ?なんでだよ。馬鹿な貴族様に踊らされてんのか、それとも乗っかってんのか、どっちかだろう」
「そうだ、そうだ。政治なんてハナから先が見えたもんじゃねぇのに、まだ何も起こしていないときから、反発するなんざぁ頭の軽い人間のすることだ」
方々から上がった声に、笑い声が続く。
知った風な発言をするが、どこかで聞いた一説を語っているに過ぎない。
寒空に木霊する嘲笑に、焚き火の中から薪の爆ぜる音が続く。
狭いテントではとても収まりきらない人数での酒盛りは、野営地の中心で行われていた。
並んだ人影はみな荒事に慣れた、見るからに屈強な男たち。
仮に皇帝が取った政策を何か一つでも上げるならば、それは国軍の他に多数の傭兵を内戦に投入したことだ。
反乱軍の無謀さを嘲る野太い声の群れ。
けれど先ほどの一人が、再び赤い顔面で言う。
酔いも手伝って、口が軽くなっているに違いない。
目は半分ほど閉じかけている。
誰もが言わずにいたそれを、躊躇なく音にした。
「翔嘩皇帝は、呪い子の噂があるじゃねぇか」
- 347 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]