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煩い。
黙れ。
耳を塞いでしまいたかった。
なのに。
目の前の男は逃げることを許してはくれない。
聞きたくないのに。
理解などしたくないのに。
分かっている。
分かっている。
分かっているんだ。
「お前は優し過ぎる」
憐れみさえ含まない涼やかな低音が、心臓を射抜いた。
敢て閉ざしていた衣織の視界に、白日を注ぐが如く、すべてを正確に伝えてしまったなんて。
時間が、止まる。
呼吸も、止まりそうだった。
衣織は蓮璃を『愛して』はいなかった。
けれど、確かに衣織は蓮璃を『愛して』いたのだ。
姉のように。
母のように。
代わりのいない、大切な家族。
守り労わる絶対的な身内。
少しも愛さなければよかったと、何度思ったか。
愛さなければ、仕事だと割り切ることも出来たのに。
「ははっ……アンタ、マジで嫌な奴」
「それは、お前の主観で決まることだろう」
グローブをはめた手で目元を覆った少年には、白い男の嫌味な返しが、不思議に優しく聞こえた。
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