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「あと少しなのに……」
数日経った今なお鮮やかに反芻出来る、事件。
研究所で見た映像が、網膜に張り付いて離れない。
机上に投げた拳が、きつく握り締められた。
あの時。
光の洪水が研究所を飲み込んだとき。
白銀の男が、花突に接触しようとした。
それなのに、何故。
光線で視界を鈍くされようとも、確かに火澄の瞳は捉えていた。
がくんっと雪の身体が傾いたかと思うや、そのまま光の中へと吸い込まれるように落ちて。
驚いたのは、次の瞬間。
氾濫した川のように、荒れうねる光の粒子が、気を失い倒れた男の身体に向かって飛び込んだのだ。
四肢と言わず胴体と言わず、何かに引き寄せられるかのように、注がれる光の波。
融合しようとしたのか、それとも攻撃しようとしたのか。
火澄には分からない。
次第に発光を強めた光に戸惑いを隠せずにいると、襲ったのは叩きつけるような横殴りの衝撃。
足元から世界が揺れて、まるで嵐の中の小船だ。
流石の火澄も己の身を守るのに必死で、揺れが収まった頃にはすでに光が消え去ったあと。
倒れ付す研究員の白衣と、パチパチと故障した機材たち。
花突を囲っていた保護ポッドはヒビが入った程度で、内側では幾らか落ち着きを見せた花エレメントが踊っていた。
その麓には、眠るように気絶する雪。
「……どうして」
呟く声に、応える者などいない。
たった一人の執務室。
広々とした室内で、耳に入るは己の音のみ。
雪=華真は、あの日から目覚めぬままであった。
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