沈黙。
「市街地のB地区及びD地区の損壊は未だ復興されてはおりません。ライフラインの復旧は75パーセント完了しています」
「そう。レッセンブルグの他はどうなってる?」
「震源地に近い近辺の街は半壊状態の場所もありますが、すでに部隊を派遣してありますので、問題はないかと。各方面の支部管理下には、目立った被害はありません」
紫倉は硬い面持ちで、執務机に着く男に報告をした。
手元には分厚な紙の束。
隙間なく羅列された文字の群れは、イルビナ至上最大規模の災害について詳細な情報を伝えて来る。
火澄に下された名誉挽回の最後のチャンス。
絶対不干渉の四大陸郵便局員相手では、上手く任務を遂行することが出来ず、時間だけが悪戯に過ぎていく頃、突如襲った大地震。
イルビナが治める西大陸全土を震撼させた天災の、震源地は首都レッセンブルグであった。
総本部が根を下ろす都市は、被害は最小限で済んだものの、当初は大変な混乱で、任務で離れていた紫倉も急遽呼び戻されたのだ。
総本部は優美な概観とは異なり、堅牢で実用的な構造から崩壊は免れたが、市街地はそうもいかない。
メインストリートには亀裂が入り、家屋や古いアパートメントは潰れ、賑やかであった光景は幻のよう。
死傷者の数も相当なものだ。
貴族地区もまた同様ではあるものの、彼らは皆一様に首都から離れた別宅などに避難しているので、重要視する必要はないが。
対面を窺った大佐は、任務の結果が追及されないことに安堵しつつも、ぶつかった緋色に慌てて顔を俯かせた。
澄み切った赤い眼。
こんな非常事態でも、平時と変わらず強い輝きを放つ宝石は、暗く濁った紫倉の碧眼を、居た堪れなくする。
無意識の後ろ暗さに侵された彼女は、火澄のその赤が僅かに揺らめいている事実には、気付きもしなかった。
「それで?」
「は……」
「……雪=華真の様子はどうなの?」
問われて、紫倉はさっと顔色を曇らせた。
目に見える変化に、大将は告げられるであろう答えを察した。
「変わりありません……」
「分かった。引き続き復興作業に回って。下がっていいよ」
一番重要なことを聞き終えるや、火澄に退室を促され、大佐は完璧な敬礼をしてから部屋を出て行った。
室内には一人だけ。
革張りの椅子に深く身を沈めた男は、穏やかな顔を険しくさせる。
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