冬色の双眸。
下界を覆う白銀の粒は、月を隠す灰色の夜空から絶え間なく贈られる。
指先のかじかむ気温の中で、大気は厳かに澄み切り、存在を透明にして行く。
己自身が夜半の深い鼠色と溶け合って、先刻まで確かにあった渦巻く焦燥さえも掻き消してしまう。
この場に在るはずなのに、姿形がなくなったような錯覚は、独特で心地よかった。
凪いだ身内に波紋は見えず、持ち上げた目線の先で、天空から注ぐ白き雨をただ二つの瞳に映し続けた。
「風邪を引くぞ」
言葉と同時に、肩に感じる柔らかな感触。
次いでほんのりと温もりを覚えた凍えた体。
ブランケットに隠された肩に、思いの外細い手がかかる。
「明日は早いのだろう?もう寝た方がいい」
「翔嘩……」
相手の名前を零せば、隣に腰を降ろした美貌の皇帝が、やんわりと微笑んだ。
開け放たれたバルコニーに続く窓の縁に、一つきりの影に仲間が増えた。
衣織は手触りのよい布地に顔の半分を埋める。
「皇帝だって、明日も執務だろ?アンタも風邪ひかないうちに、部屋に戻れよ」
「お前がベッドに入ったら、戻るさ」
「……」
ちらりと流した目の先で、桜色の髪に雪を戴く相手。
まるで王冠のようだ。
真っ白で穢れない雪の王冠。
すっと熱に溶けたのか、一粒が淡い色に紛れた。
かさついた唇を湿らせて、衣織は小さく、囁くように言う。
「……ありがと」
何を今更と、翔嘩が笑った。
「玲明はいい働きをするだろう?きっとイルビナでも役に立つ」
「そっちじゃない」
「ん?」
分かっているだろうに。
受け取らない気なのだ、こちらの姉は。
察していても、退かない。
今度はもう少し大きな声で。
はっきりと、口に出す。
「ありがとう、蓮璃のこと」
「……」
一呼吸の沈黙。
雪のヴェールが下ろされた国は、とても静かで、二人の作った音のない僅かな時間もやけに長く感じた。
階下では多くの人間が世話しなく働き続けているだろうに、どうしてこんなにも静けさが強いのだろう。
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