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純粋な戦闘だけならば何ら障害でなくとも、今回は違う。
どれほど圧倒的な実力を有していようとも、関係ない。
誰にも悟られず、総本部に忍び込む。
雪を救出するために、不可欠な制約があったのだ。
監視カメラはおろか、士官一人にすら見つけられては、すべてが水の泡。
碧から与えられた情報を玲明と考えた結果、出された答えはこれだけ。
総本部中に仕掛けられた術札。
イルビナ軍の最高術師が作ったと言う遠隔装置を、もし発動でもされたら、こちらに防ぐ術はなく、最悪前回と似た事態に成りかねない。
術師を人質に取られて、降伏を余儀なくされる。
ならば札を発動されないように、ひっそりこっそり侵入するしか手はないだろう。
頭の悪い方法かもしれないが、こちらはたった二人きり。
おまけに衣織も玲明も術には疎いとくれば、残された手はこれしかない
「術札の場所は俺らじゃ特定出来ないが、要は発動させなきゃいい。侵入が悟られなければ、心配ない」
「なら、鍵はどうすんだよ。管理室なんかに取りに行ったら、確実に見つかるぞ?」
眉根を寄せる少年に、対面の存在は得意げな様子だ。
「何のために俺がいるんだ?さっきも言ったが、牢獄の鍵はコンピューターで管理されている。俺の抜きん出た技術でロック解除だ」
これにて問題解決!と言わんばかり。
彼ほどの能力者ならば、牢獄のセキュリティも突破することが出来るのかと、衣織は胸中だけで感心した。
簡単かつレトロな鍵ならば、自分にも開けることは出来るが、機械となれば専門外。
玲明を付けてくれた翔嘩に感謝だ。
警備の巡回時間や、他の細かい打ち合わせは以降数時間続き、客室の窓から覗く太陽は、気が付いたときには姿を隠していた。
グレーに染まった部屋のランプに、明かりを灯す。
「ま、こんなもんだろ。あとは本番になんなきゃ分かんねーからな」
他国の軍事中枢に侵入するのだから、アクシデントも並大抵のものではないはずだ。
だからこそ、臨機応変に対応できる力がなければいけない。
散乱した資料を片付けながら、玲明はなるべく明るい調子で言った。
出立は明日。
衣織が白銀の男と分かれてから、一週間ほどが経過している。
必要な時間ではあったが、それでも少年は逸る心を抑えつけることに苦心した。
本当ならばすぐにでも西の大地に舞い戻りたくて、堪らなかったのだ。
必死で己を宥め、些細なきっかけで暴走してしまう心を殺していたことは、情報屋の目にも明らかだったらしい。
自分を気遣う音色を耳にして、衣織は緩く微笑んだ。
「玲明……ありがと」
「これからでしょーが。皇帝からきっちりボーナス貰うから、紅は術師を助けることだけ考えてればいいんだよ」
わざと茶化すような男に、少年は笑みを深くする。
踏み込むときは容赦なく分け入って来るくせに。
温かい優しさを感じて、こちらも嘯くように応じた。
「俺からもボーナス弾むように頼んどくよ」
「よろしく。ついでに情報室の予算の増額を……」
「それとこれとは、話が別だろ」
半分以上本気で言われ、すぱっと両断。
抜け目のない奴だ。
「ま、お礼はぜんぶ終わってからだな。現金でどうぞ」
「ガメツイんだよ……アンタ」
表情を一変させた黒髪にカラカラと笑うと、彼は資料を抱えて扉に向かう。
両手の塞がった彼のためにドアを開けようとした衣織は、背後からかけられた台詞、にピタリと動きを止めた。
「……ヴェルンには、戻らないのか?」
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