求む、労働環境改善。




「天才とは俺のことだって、知ってましたか?」

翔嘩に呼ばれて、共に彼女の私室で朝食を取っていたとき、その間抜けな発言はやって来た。

バッと勢いよく扉を開けた自信に満ちた琥珀の光に、二人揃って色のない瞳を向ける。

「ついに壊れたか……」
「ダブリアも人材不足なんだな」

淡々とした発言に、同情的に応じる。

セクハラ緑を中将に据える西国に負けず劣らず、北国の内情も大変なのだろう。

かと言って食事の手は止めないところが、玲明の発言を流している証拠だ。

「冷えた目を向けないで下さい。お願いだから」
「理由も分からないか?退役の準備を進めるしかあるまい」
「ちょっと仕事に疲れてんじゃねぇの?翔嘩、あんまり玲明をコキ使うなよ」

給仕に食後の紅茶を淹れさせる皇帝に、衣織は幾らか非難を帯びた口調で言うが、そこに真実味は存在しない。

入り口で突っ立ったままの男は、がっくりと項垂れて、重苦しい息を吐き出した。

「紅までそう言うこと言うのかよ……。俺が誰のために一睡もせず仕事して来たのか、分かってます?」
「あ……。アンタがあんまり馬鹿なこと言うから、すっかり忘れてた」

だるそうな足取りでテーブルに寄った男は、翔嘩の隣の椅子にドカリと身を沈めた。

最高統治者の隣に、特別護衛官である衣織ならばいざ知れず、たかだか情報室室長が当然のように座るなど、常識では考えられない暴挙なのだが、部屋の隅に控える給仕はおろか、誰も玲明を咎めはしない。

当の翔嘩が許しているのだから、日常茶飯事のようだ。

対面の男の顔を見た衣織は、彼の目の下にうっすらと隈が出来ているのを見止めた。

「悪ぃ。俺が無理言ったんだよな」
「延々キーボードを叩き続けて、終わらせて来ました」

ふっと、やさぐれた笑みで言う玲明に、衣織の面に陰が差す。

彼の言っている仕事とは、神楽が破ったブロックの修正及び改良だ。

一度突破されたのだから、もう二度と失敗は許されないはずで、細心の注意と極限の力で挑まねばならぬ作業だったに違いない。

皇帝の命令だからと言っても、本当に今朝までに片付けてきたのだから、彼は相当な無茶をしたと推察するのは容易である。

それもこれもすべて、衣織のために。

「そんな顔すんなって。俺が悪者じゃん」
「ちがっ……」
「気にすんなよ。俺、お仕事ダイスキだから、紅が気に病む必要はまっったくない……つーか、今にも処刑されそうなんで、ヘコまないでくれっ!」

隣から発せられる冷たい殺気に冷や汗をかきながら、玲明はどうにか傍らを見ないように、少年に必死に言い募る。

後半は早口になっていたが、自覚はないようで。

なるほど。

確かにこのまま衣織が落ち込んでいれば、翔嘩は処刑を命じそうだ。

中性的な面に置かれた双眸が、隣の男を射抜いている。

「そうだ。衣織が気にする必要はない。好きに使えと言っただろう?」

にっこりと豪奢な笑顔を向けられて、少年は玲明に哀れみの眼差しを注がずにはいられなかった。

なんて上司の下で働いているんだろう、この男は。

不憫でならない。

献身的に仕事をこなした挙句、寄越されたのは心無い言葉。

衣織は乾いた笑いを浮かべると、珈琲を一気に流し込んだ。




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