「蓮璃は年下の恋人が出来て、俺は寝床と日銭を得る。ほら。俺、何でも屋だろ?」

加速を始めた内側を、気取られぬように自然を装えば装うほど、歩調はどんどん速くなっていく。

元に戻さなければいけないのに、己の意思とは反対に、衣織の足はスピードを上げた。

落ち着け、落ち着け。

平静を装うことは難しくないはず。

いつも通りに振る舞えばいい。

あぁ、でも。

「割りのいい仕事だよ。あ、道徳的なこととかは言うなよ?だってさ、世の中なんて、そんなもんだろ」

「いつもの自分」が、分からない。

口が勝手に言葉を吐き出した時、ぐっと腕が掴まれた。

制止がかけられたことによる反動の大きさが、己の歩調の速さを物語る。

「な、に?」

喉が、震えた。

二の腕を拘束する力は存外に強く、真っ直ぐに落とされる金色を、困惑と動揺に苛まれつつ見上げた。

「あの女は正気じゃない。分かっているのか」

そのフレーズは、唸る吹雪の中でもはっきりと少年の鼓膜を揺らした。

瞬間、張り詰めた糸がぷつり。

頭の奥深いところで、熱い塊が弾けた。

「アンタに関係ないだろっ!」

咆哮と共に、雪の手を振り払った。

どうにか繕っていた平静など忘れたように、尖った意志で瞳を燃やす。

けれど、彼の秀麗な面には少しの変化も見られなかった。

「彼女が本当にお前を愛しているならば、なぜ危険だと知りつつ騙して山賊討伐へと向わせた。あの眼には、狂気が宿り始めている」

事実を述べる様子で、淡々と紡がれる言葉たち。

即座に言い返せないのは、正論だからか。

ギシリッ、と。

大きくなった内側の軋む音に、衣織は無意識に胸を抑えた。

「それが……、それがどうしたっ!」

子供染みた怒鳴り声は、空虚な響きで大気に霧散する。

平時と変わらぬ声量で話す雪の声は通るのに、どうしてこちらの叫びは負けてしまうのだろう。

銀色の髪の男はその黄金の瞳で、悲壮とも言える表情の衣織を見つめ続けた。

ゆっくりと開かれる唇に、絶望しそうだ。

「お前だって気がついているだろう」
「何をっ!?」




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