虫の知らせ。
パリンッ。
「あ……割っちゃった」
客室に通された衣織は、寝る前に飲もうと水差しに手を伸ばして、失敗した。
指先が届く前にサイドボードから落下したのだから、不可抗力だろう。
「どっかで地震でもあったか?」
ベッドから降りてバスルームにタオルを取りに行くと、衣織は水を呑み込んだ絨毯の前にしゃがみ込む。
とんとんと叩くように水気を拭った後、割れてしまった破片を拾おうとした。
「……っ」
人差し指につぷんと、赤が浮かぶ。
割れた水差しの鋭利な部分で、薄い皮を破ってしまった。
常ならば決して起こらない出来事は、注意力散漫のせいなのか。
予想以上に多い出血量に、慌ててタオルを当てようとしたが、遅かった。
指の谷間を伝った一滴は、そのまま重力に逆らわず下方へ降りて。
まだ残っていた小さな水溜りの中に飛び込むと、真っ白なカンバスに鮮やかな赤を咲かせた。
ともすれば幻想的で、美しいコントラスト。
ソグディス山で見つけたカサバを連想させる。
「……雪」
無意識に彼の人を呼んだ衣織は、何故だろうか。
胸を騒がせる不安を覚えずにはいられなかった。
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