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『神楽、聞こえる?』
耳のイヤホンから聞こえた男の声に、意識を瞬時に浮上させる。
「はい、火澄様。結果はご覧になりましたか?」
『うん、今見たよ。さすが華真族なだけあるよね』
「このまま予定通り、次の過程に進んでもよろしいでしょうか?」
『勿論。そうだ、さっき雪くんと何か話してた?』
何気ない問いかけに、神楽の頬が僅かに強張る。
後ろにある硝子の仕切りを振り返れば、上方からこちらを見下ろす緋色の眼が存在した。
この距離だ。
気付かれたわけではない。
「えぇ。実験を拒否しようとしたので、少し……」
『あんまりイジメたら駄目だよ?彼は大切な『協力者』なんだから』
脅して従わせている、ね。
続く言葉は音になることはなかったけれど、確かに神楽の鼓膜を揺らしていた。
「……実験を開始します―――ポッド、第一保護壁解除っ」
火澄との会話を意識的に打ち切った彼は、ラボ内に号令を響かせた。
ここからが今日のメインイベント。
すでに用意をしていた研究員たちは、各々の持ち場で役割を果たす。
一同の顔は、血液検査で確認した華真族の力への期待で一杯だ。
中央の巨大な硝子管の麓で、コンピューター機器を操る研究員たちを確認してから、再び雪へと視線を流した。
ぶつかった金色が、一つ頷く。
「ポッド、第一保護壁、解除しますっ!」
ジリリリッと甲高いサイレンが叫び出し、花突を囲う円柱から白いスチームが噴出す。
透明な壁の中で光の粒子が一層大きく舞い上がり、強い発光と収束を繰り返し始める。
研究員に促され、術師が椅子から立ち上がる。
何か頼りない一枚を隔てた向こうから、ビリビリと皮膚を焦がす熱を感じて、雪は眉を顰めた。
妙な気配に本能が足を止めさせたものの、白衣の士官に更に促され、用心深げに歩みを再開させた。
「ポッド、第二保護壁、解除っ」
「了解っ!ポッド、第二保護壁、解除しますっ」
花突の力を締め付けるロックが、もう一段階取り払われる。
シューと奇妙な音が管から漏れ出し、どこから発生したのか、突風が室内に吹き荒ぶ。
眩いほどの光量の明滅に、視界を奪われた研究員たちは顔を背けたが、ただ一人。
目を開けたままでいた神楽は、花突の傍に立つ男の様子に、違和感を覚えた。
強風に煽られ靡く白銀の髪。
それに隠されて彼の表情は、ここからでは確認出来ない。
けれど、確実に何かがおかしい。
不安に駆られ少将が一歩を踏み出したとき、溢れた花突の光に呑まれるように、男の身体が崩折れた。
「雪さっ……っ!?」
思わず走り寄ろうとした神楽は、しかし目的を果たすことは叶わなかった。
目の前の映像がブレるほどの衝撃が、大地を揺るがせたのである。
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