花の鉄槌。




SIDE:神楽

丸椅子に座った白銀の顔は、恐ろしいほどの無表情で、より彼の荘厳な美貌を際立たせる。

僅かな感情もみせぬ実験材料に近付いた研究員の一人は、手に硝子の注射器を備えていた。

なぜ、華真族だけが花のエレメントを使役することが出来るのか。

どれほど優秀な術師であっても、金色の眼を持っていないだけで、花精霊を操ることは永劫叶わない。

理由は、雪に流れる血にあった。

花精霊は華真族の血液に反応し、命を受ける。

血中のエレメントが常人とは異なり、以下四精霊ではなく花精霊を宿すのが彼らの一族。

他者にはない唯一の赤は、彼らがこの世界において精霊を制する民であることの証だ。

研究所が保有するサンプルよりも、ずっと純度の高い『廻る者』の血液は、一体どれほどのものなのか。

緊張からぎこちない動きで男の腕を取ろうとした研究員は、しかし突然襲った風圧に白衣の身体を吹き飛ばされた。

「うわっ!?」
「きゃぁっ!」

様々な機材を巻き込んで倒れた仲間に、他の白衣が悲鳴を上げる。

硝子の粉砕音が研究所に木霊し、一気に騒然となる空間。

雪の双眸が、鋭い輝きを放った。

「触るな」

低い恫喝に含まれた完全な拒絶。

この場に存在する己すらも撥ね付けてしまいそうな一言に、混乱で騒然となったフロアが瞬時に凍結した。

身を貫く圧倒的な殺気を浴びて、彫像さながら動きを止める研究員。

凄まじい気迫を受け流すことに成功したのは、硝子の外から傍観を決め込んだ大将の他に、研究室の中では神楽一人きりだ。

衣織と離れたせいで、荒れているわけではない。

不本意な協力を強いられたことも、理由とは違う。

真っ直ぐに注がれた雪の視線の意味を、優れた思考で正確に受け取った麗人は、苦笑を内心に留めながら、術師のもとへと足を動かした。

「困りますね。人材も機材も、安くはないんですよ?雪さん」
「……俺は、この研究に手を貸すつもりはない」

きっぱりと宣言する男の、袖のない肩に手を乗せると、少将は小さく、けれど誰の耳にも届く声量で言葉を紡ぐ。

「イルビナが捜索の手を強めれば、衣織さんは簡単に捕まるでしょうね」
「……っ」
「大切なものを、守りたいでしょう?」

何の色も見えなかった雪の面が、あからさまに反応した。

周囲の研究員たちも、また火澄も、それを信じて疑わなかった。




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