策謀の麗人。
「で、誰なんだ。調べて欲しい奴は」
通されたのは、窮屈な部屋であった。
元々の間取りは狭くはないのだが、壁三辺を埋める電子機器の数々で、スペースを占領している。
機械の山に埋め込まれるように存在するデスクセットに玲明は座ると、机上のメインパソコンのスイッチを押した。
画面にぱっと青白い光が灯り、連動したように周辺の機材が唸り出す。
「カスタムし過ぎ……精霊石の消費すごいだろ、これ」
「俺の改良のテーマは低コストだからな。そうでもないぞ」
何せ元々は個人で商売をしていたのだから、費用が掛かってしまえばやっては行けない。
玲明はパスワードを打ち込むと、椅子の後ろから画面を覗き込んでいる少年に、目を向けた。
視線で再度促され、感心している場合じゃないと、衣織は表情を引き締めた。
「イルビナ軍のデータとかも、調べられたりする?」
「また面倒な仕事を……。相手によっては数日かかるぞ」
「名前しか分かんないんだけど」
「取り合えず、言ってみろよ」
玲明は難しそうに顔を顰めながら、指の骨をバキバキと鳴らした。
「『翔』って言うイルビナの士官について知りたい」
ネイドで出会った男。
レジスタンスに潜り込み、リーダーであるラキと総領主・露草を巧みに誘導して、熱砂の国に内乱の機運を作り上げた、残虐な麗人。
去り際に落とされた意味深長な台詞が、ずっと衣織の頭に残っていた。
『ソグディス山ではお世話になったようですね』
彼の雪山を示唆する台詞。
イルビナの人間でしか知りえない出来事を、揶揄するように音にした。
「幹部じゃ聞かない名前だな。末端なら該当者が多すぎて、絞り込むのは不可能だ」
「いや、たぶんある程度の地位には居ると思うんだ……最低でも大佐以上」
あの口ぶりは、紫倉と同等。
もしくはそれより高位のはず。
「大佐以上っつったら、かなり数は限られて……」
「なに、どうしたんだ?」
不意に言葉を途切れさせた情報屋は、しばしの間の後、凄まじいスピードでキーボードを叩き始めた。
カタカタと流れる音色が乱れることはなく、軽やかに小さなプレートの上で踊り続ける。
「そいつの特徴、言ってみろ」
「特徴?外見とか?」
「あぁ」
「そうだな……」と衣織は、記憶に残る『翔』の姿を脳裏に描く。
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