「そうか?本名で有名になるより、よっぽどいいだろ。じゃなきゃお前、ヴェルンで平穏な生活なんて送れると思うか?」
「あ……」

傭兵として戦場を駆けていた頃、自分が名乗った相手は五人。

その五人とも、衣織が戦に出始めてすぐ、ダブリアの大地に倒れ伏した。

少年が他者との接触を阻んだのはそれから。

振り返ってみれば、自分を呼ぶ声はすべて異名に変わっており、確かに『衣織』として人殺しの名声が高まらなかったのは、幸いだった。

ダブリアに広く知れ渡った己の所業が、どれほど醜いかは自分自身が一番理解している。

傭兵を退いた後、安寧の日々を過ごせたのは、血の香りがこびりついたのが、異名であったお陰に相違ない。

「……」
「お礼が聞えないんですけど」

意地悪く催促して来る男を、衣織はジロリと睨み付けた。

礼を言う理由など、何処にある。

不機嫌を前面に塗した表情で、玲明の足を踏み付ける。

「っい!」
「人のプライバシー侵害した奴が、何言ってんだよ。ほら、さっさと部屋に案内しろ」
「……本気で踏むなよ」

恨めしそうな声を無視して、すたすた歩き出せば、痛みを堪えた足音が背後から付いてくる。

「怒ってるのか?」
「当然。分かりきったこと聞くな、ストーカー」

「うっわ……情報屋に言ってはいけない言葉ぶっちぎり一位をあっさり口にしたよ」

衣織とて何でも屋として情報を扱うこともあったが、今回ばかりは棚上げだ。

ここまで他人について嗅ぎまわったことはない、と自分に言い訳。

「変態にかける気遣いはない」
「って、俺の協力が必要なくせに、よく言うよ」
「今ここで死ぬか?」

一瞬で喉にあてがわれた銃口に、玲明は降伏の意を示すように、両手を上げた。

「ぜひ協力させて下さい」
「初めからそう言えばいいのに」

ゆっくりと外される金属の塊に、玲明はほっと緊張を解いた。

「許してくれた?」
「寝言は寝て言え」
「頑固だな。……じゃあさ」
「ん?」
「タダで好きな情報調べてやるから、それでチャラとかはどうよ」

名案だろ?と笑顔になった男だったが、俯いてしまった相手にはっとする。

しまった。

今の今まで、自分の『情報』が衣織の怒りの理由だったのに、とんだ提案をしてしまった。

珍しくも迂闊な凡ミスは、やはり惹きつけられて止まぬ紅の戦神が相手だからだろうか。

「玲明……」

低く呼ばれた自分の名前に、後悔。

しどろもどろと、冷汗を流しながら言い訳を述べようとする。

「い、いやっ嘘だ。冗談……」
「一人、調べて欲しい奴がいるんだけど」
「……はい?」




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