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総司令部の中層以上は、特定の階級に達しなければ踏み入ることが出来ないため、回廊を見回しても他に人影はない。
二重窓の向こうでは、穏やかに流れる雪が見え、音を飲み込んでいく。
随所に設置された火の精霊石を備えたランプが、要塞の暖房と明かりを担っており、時折その淡くも強い光を、陽炎のように揺らめかせていた。
「紅はいつ皇帝と知り合ったんだ?」
客室へと案内しながら、男は背後につく少年を振り返った。
琥珀の瞳に入った映像は、相手の複雑そうな表情で、玲明は内心で首を傾げる。
「なに、その『紅』って」
「『紅の戦神』って長いじゃん」
「それは俺の名前じゃねぇし」
呆れた風に言う衣織に、男は軽快に笑う。
どこか含みのあるその笑顔。
玲明はぴたりと歩みを止めて、長身を屈めながら衣織の顔を覗きんだ。
ぐっと狭まった距離に、訝しげに眉が寄る。
「なんだよ……」
「知ってるさ。お前の名前は『衣織』。二年前までは各地で頻発していた内乱に、国軍の傭兵として参戦してた。扱う武器は紅の短刀一本……途中で銃に変えたらしいけど、それは戦場を退く寸前のことだしな。イメージに残るのは短刀だろ」
「……っ!」
突然、語られだした己の経歴に、少年の黒曜石が大きく見開かれた。
無意識に後退れば、相手は奥行きのある透き通った眼を細め、猫のようににんまりと笑う。
こちらの反応が望んだ通りのものだったかのように、そこには満足そうな感情が乗せられていた。
「13歳のときにダブリア軍傭兵に志願。あれだろ、反乱軍のキロ占拠がきっかけなんだろ?それまでは普通のガキだったのに、何でいきなり戦闘能力が目覚めたんだろうな」
逃げる標的を追いかけるようだ。
玲明は長い足で衣織が離れた分を埋めるように、一歩を詰める。
本能的な警戒心が、もう一度黒髪を後退させたが、またしても相手が追って来て。
両の眼を緊張で開いた少年のものと突合せると、煌々と瞬く底のない探究心の光で捕らえてしまった。
逃れたいと思っても、琥珀から目が離せない。
自分の知らぬ場所で己の過去が暴かれて、こうしていたぶるように並べ立てられているのだから、激昂してもおかしくはないのに。
衣織はただ薄ら寒い想い消化しようと、喉を上下に動かすばかりで、食い入るように眼前の琥珀色を見つめ続けた。
「キロは首都に近いわりに、街の規模が小さく制圧は容易だった。だから目を付けられた。ここまでは分かる。だがな、両親を殺害した反乱軍を、僅か13のガキが仇を取った。今まで争いとは無縁のガキが。無理がある、お前の中で何かがあった証拠だ」
何なんだ、この感覚は。
どうしてそこまで知っている。
戦場での経歴ならば、そこそこ名の知れた傭兵であった自分だ。
簡単に調べはつく。
だが、故郷のこと、何より戦闘スキルのこと。
自分でも未だ分からぬ箇所を指摘され、衣織はゾワリと走った悪寒に唇を噛み締めた。
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