もう一人の家族。
広々とした応接室の暖炉には薪がくべられ、室内を暖かな空気で満たしていた。
座り心地のよい布張りのソファに身を沈め、用意された紅茶をすする。
刻印を見せてから一変した待遇に、衣織はホルダーから取り出した銃をまじまじと見つめた。
初めて使ったのだが、まさかこれほどの威力があるとは思わなかった。
エントランスで呆然としていた士官たちの表情は、こちらが戸惑ってしまうほど凄まじく、次いで蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。
こうして奥に通されたのだから不満もないが、あれよあれよと衣織が事態の異様さに圧倒されている間に話が進められている。
「なんつーもんを、くれたんだよ……アイツは」
グリップ底に彫られたエンブレムに苦笑混じりで呟けば、思い出される相手の姿。
約二年ぶりの再会。
独特のオーラが蘇り口元を緩めたとき、部屋の扉が開く音が聞こえた。
「あ、久しぶ……ふげっ!」
「この馬鹿がっっ!!」
ぱっと席を立った瞬間、首元にかかった圧迫感。
ぐっと身体が引き寄せられて、全身を締め付ける腕。
相手の肩口に顔が入った少年は、息苦しさのあまり相手の背中をバシバシと叩いた。
「ギ、ギブ……翔嘩ギ……」
「連絡一つ寄越さずに居なくなりおって……馬鹿者めっ」
鼓膜を打った罵る言葉に滲む確かな感情の存在に、少年はピタリと開放を要求する手を止めると、眉尻を下げた。
「……ゴメン」
「ヴェルンに隠居したと聞いたときは安心したのに、また突然姿を消して……どれほど心配したか分かるか?」
ぎゅっと強まった腕の力に、衣織も優しく抱きしめ返す。
冬の澄んだ日の香りが懐かしい。
清らかな空気に陽だまりを落としたような、それでいて背筋を正すような緊張感。
変わらぬ温もりと匂いに、胸の奥が小さく震えた。
「悪かったよ、姉さん」
「思ってもいないことを」
繰り返した謝罪に、相手はようやく拘束を解くと、どこか満足そうな表情で衣織と視線を合わせた。
「アンタが言ったんだろ?俺とアンタは『家族』だって。俺にとってアンタは、確かに家族だよ」
「嬉しいことを言う」
「兄さんの方が良かった?」
「呼び名に拘るほど、矮小な人間に見えるか?」
翔嘩=棗
ダブリアに君臨する最高権力者は、柔らかな桜色のショートボブを持つ、迫力の美貌で笑みを浮かべた。
衣織よりも長身の身体はしなやかに引き締まり、相変わらず性別は判然としないものの、意思の強い高潔な瞳と、身内から溢れ出す大輪の花のような雰囲気は、以前よりも更に冴え渡っていて、『皇帝』という肩書きがぴたりと当てはまる。
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