烙印。




SIDE:紫倉

「清凛大佐っ、そのお怪我は……っぃ」

後に続くはずであった台詞は、喉元に突きつけられた刃の切っ先によって、音になることはなかった。

紫倉のレイピアには明確な殺気が含まれていて、決して二の句を紡がせない。

あれほど気高く透き通った青い瞳に、幽玄とした炎がくぐもった灯りを揺らす。

背筋を一挙に這い上がった悪寒に、少佐は浅い呼吸さえもままならずにいた。

すっと刃が離れるまでの時間が、永遠にさえ感じられ、危機を脱した彼はだっと額から汗を噴出した。

「…レベル3を召集しろ。任務だ」
「はっ……もう、次の?」
「なんだ」
「い、いえっ!すぐに手配致しますっ」

鋭い一瞥に慌てて敬礼をすると、これ以上は本当に生命が危ういと察した少佐は、総本部の廊下を足音も荒く駆け出した。

それを無感動な瞳に映した紫倉は、未だ焼け付く痛みが残る左頬に手を当てた。

カーゼに覆われた顔の半分。

美しく整った面を、著しく損なう白。

彼女の身内から、屈辱の闇が沸きあがった。

『言ったはずだよ、次はないと』

眼前に迫った灼熱の緞帳。

己の人生は、こうも惨めに終幕となるのかと。

堪え難い感情よりも、本能的な恐怖が先に立った、あの瞬間。

けれど、紫倉は免れた。

生き永らえてしまった。

丁度、炎の使い手の部屋に来訪を告げる音が響いたために。

何も知らず入室した士官は、最高権力者の部屋で行なわれている事態に混乱しかけたものの、低く促され目的の報告を行なった。

捕らえた華真族の急所である万屋の少年が、イルビナの包囲網を潜り抜け、ダブリアへと逃げ果せたこと。

そして、出航前に四大陸郵便配達員に、手紙を渡していたこと。

故郷へ逃げ帰ったのかとも思えるが、どうもこの手紙が気になったらしい。

弾けるように赤が霧散したおかげで、ようやく喉を通った酸素に膝を崩した女に対し、火澄は恐ろしく冷えた緋色を投げた。

『ねぇ、紫倉。君にチャンスをあげよう』

頬に当てた指に、力が入る。

躍る炎に焼かれた肌は、烙印のよう。

『手紙の配達阻止を、してくれない?』

真っ赤な唇が、きつく噛み締められた。

いつから歯車は狂いだしたのだろう。

士官学校を主席で卒業し、着実に昇進を続け、碧の傍で彼の右腕となり成果を上げてきた、誇り高き清凛家の自分。




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