止まることはない。
「碧の様子は、どう?神楽」
頭上に見える巨大なモニターに溢れかえった文字の羅列。
黒地に浮かぶ白の数字たちを確認していた少将は、ビクリと震えそうになった肩を寸でのところで堪えた。
傍らに目を向ければ、他意はないのか正面の硝子の向こうに視線を送る火澄がいた。
「特には……。休暇程度にしか思っていないようです」
「そう。まぁ、彼のことだもんね。しばらくしたら謹慎は解くつもりだし、今は大人しくしていてくれればいいよ」
意識的に声を正して答えれば、相手はふっと邪気なく頬を緩めた。
華やかな美貌が一層際立ち、甘い香りでも漂ってきそうな笑顔。
それでも緋色の眼は一点から外れることがなく、神楽は首筋にひんやりとした冷気を感じた。
結局、カードの存在は確かめることが出来なかった。
どころか、とんでもないものを引き当ててしまったのだ。
あの日、神楽が忍び込んだのは碧を収容した牢獄。
衣織を逃がした中将の暴走に、もしや何かしら考えがあっての行動だったのではないか。
ただ己の戦闘欲求のためではなく、何かを悟っての軍規違反だったのでは。
術師の弱点を逃がすことは、火澄の優秀な副官として自分には出来ない。
少年がイルビナに捕まってしまえば、神楽の目論見は潰えてしまい、軍は支配者二人の望むままに歩み続けてしまっただろう。
もしかしたら、碧は自分と同じように蒼牙たちの野望を見抜いていて。
常に見受けられる本能に忠実な姿を隠れ蓑に、頼みの綱を逃がした。
神楽は碧の真意を探る必要があったのだ。
華真族と手を組んだ神楽には。
それなのに。
自分は見てはならぬものを、目にしてしまった。
神楽の細い指先が、己の艶やかな唇を撫でた。
「準備整いました」
オペレーターの声が耳を打つ。
硝子壁の中で、白衣の技術者たちがこちらを見やる。
否、花開発総責任者である火澄を待っている。
研究室の中心に見える透明な管。
まるで不規則な鼓動のように、ドクリと揺れながら舞い上がる光の粒子。
火澄はその輝きを愛しそうに目を細めた後、毅然とした面持ちで口を開いた。
「雪=華真を呼べ」
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