しまった、まだ手紙は届いていなかったのだ。

衣織の頭にレッセンブルグの港でのやり取りが蘇る。

警備が厳しくなっている緊急連絡船に、指名手配中の衣織は乗ることが出来ない。

すぐにでもダブリアに飛びたい気持ちを押さえ込んで、旅行客に扮してただの旅客船に乗った少年は、北国に戻ったらすぐにことが進むよう、わざわざ高い金を払ってまで郵便屋に依頼をしていた。

自分と異なり郵便屋が通常の二倍の速度を誇る緊急連絡船に乗船するのに、何ら不審な点はない。

てっきり既に手紙は着いていると思っていた。

ポストマンから渡された術札の確認を、すっかり忘れていた。

仕方ない。

溜め息をつきつつ、不審そうにこちらを窺う女性士官のために、衣織がブルゾンの内側に手を伸ばしたのと、鋭い静止の声が穏やかであった司令部の室内を貫いたのは、同時だった。

「止まれっ!!」
「はい……?」

受付のカウンター下から取り出したオートマチック拳銃が、照準をこちらの眉間に合わせている。

警戒心を塗した軍人の顔をする正面の事務官に、あの優しい笑顔は何処にも見当たらない。

嫌な予感にそろりと周囲を窺えば、先ほどまで身じろぎ一つしなかった武官たちが、腰の軍刀を引き抜き構えを取っていた。

市民の相手をしていたはずの事務官たちも、絵画裏や花瓶の中に隠された武器を取り出していて。

「マジ?」

軍事大国ダブリア総司令部。

難攻不落と称される要塞は、何もその造りによる堅牢さだけではない。

文官、事務官問わず所属するすべての人間が、武術に通じており害ある者は速やかに殲滅する。

四方八方完全包囲。

すでに出入り口の鉄扉も閉められていた。

「懐から、手を出しなさい」
「え、ちょっと待て、別に俺は……」
「早くっ!」

緊張に張り詰めた空気をビリビリと振動させる。

つまりはあれだ。

自分はどうやら、『武器を所持した敵』もしくは『不審者』になっているらしい。

勘弁してくれと思いたいが、彼の行動は確かに誤解を生む。

何せ突然「皇帝に会わせろ」と来たものだ。

次いで武器を取り出す仕草。

自爆テロか鉄砲玉か。

判断されたところで致し方ないだろう。

己の迂闊さを悔いても今さら遅い。

次第に距離を詰める背後の士官たちは、下手なことをやれば一斉に攻撃を開始すると醸し出す殺気で警告を繰り返す。




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