特別護衛官。




「おー、ぜんぜん変わってない」

慣れた気候を感じつつ首都の栄えたメインストリートを進む少年は、数年ぶりに訪れたノワイトリアに懐かしさを感じた。

フリーランスを退いてヴェルンに住まうようになってから、一度も足を向けたことのなかった場所。

彼が知っている街は内乱時だったから、今のように人で溢れかえってはいなかったものの、軒を連ねる店や道の構造は記憶にあるものとほとんど違わない。

昔よく世話になっていた武器屋も、まだあるのだろうか。

あまりいい思い出が残っている土地ではないが、まったく悪いことばかりでもなかったな、と振り返る。

その唯一と言っても過言ではない「いいこと」を脳裏に浮かべ、きっと相手も変わっていないのだろうと結論付ける。

推測ではなく、願望ではなく、結論。

アイツはいい意味で変わらない。

雪と分かれてから初めて笑みを刻んだ口に手を当てて、衣織は目的地の前で立ち止まった。

十字に作られた四本のメインストリートの合流点、ノワイトリアの中心に鎮座する建造物は、敢えて西国と真逆に作られたのでは、と思うほど対極を成す景観を有していた。

グレーの空気の中、振り続ける雪を王冠のように戴くは、ダブリア軍総司令部。

別名、皇帝の鎧。

物々しい威圧感を放つ軍艦のような要塞。

無駄な装飾を排した実用性に主眼を置く、シンプルで軍事国家であることを高らかに叫ぶ屈強なデザイン。

「うーわー……相変わらずインパクト強いな」

片頬を僅かに引き攣らせながら、それでも少年は要塞をグルリと囲む防壁の門を、門兵の鋭い目を無視して潜った。

正門から続く入り口は、司令部が役所も兼ねていることから日中は鉄扉が開いたまま。

硝子扉を押せば中には数人の市民と、応対する事務官。

定位置で動かぬ武官がいる。

外観と異なり内部はすっきりと明るく開放的なのが特徴だ。

黒白のタイル床と高い天井。

待合椅子の側には絵画や花も飾られている。

衣織は迷わず受付に行くと、ネイビーブルーの軍服に身を包んだ女性事務官に声をかけた。

「すいません」
「はい、どうなさいましたか?」

にっこりと笑顔で答える相手に、少年も外面を作った。

ずば抜けて華があるわけでもないが、綺麗に整った容姿に士官はひっそりと頬を染める。

だが、次の瞬間その甘い感情は消滅した。

「翔嘩皇帝に面会希望なんだけど、繋いでもらえる?」
「は?」

何を言われたのか分からない。

魅力的な顔にこれ見よがしに刻まれた表情に、衣織は内心で舌を打った。




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