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船員は待っていた。
そわそわそわそわ、落ち着きなく。
ダブリアの首都ノワイトリアに入港をした旅客船からは、短い船旅を終えた客がブリッジを下って来る。
イルビナと異なり身を突き刺すほどに冷えた雪国の空気に、首を竦めて街に散って行く。
石畳の街路には先ほどから降り出した白い欠片が薄っすらと膜を作っている。
「遅いなぁ……」
船員から零れた言葉には、期待と不満が半分つづ含まれていた。
それから荷物が重いのだろうか、と想像してみる。
いやいや、あの細腕でよろめくことなくトランクを持っていたのだから、それはないだろう。
ではどうしたのか。
西国で言葉を交わした美しい旅行客を、彼は待っていた。
亜麻色のロングヘアーと、印象的な大きな瞳。
品のよい服装は清楚で、稀に見る美少女だった。
船の中では一度も顔を合わせることは出来なかったが、出口で待ち構えていれば会えるはず。
仲間に頼み込んで半日の仕事を代わってもらった船員は、どうにか上手くやろうと考えた。
けれど、いくら待ってみようと求める姿は現れない。
すでに降りてくる客足も途切れ始めている。
何かあったのだろうか、と心配し始めた船員がブリッジを振り返ったとき、彼の横を一つの影が通り過ぎた。
「お疲れさん」
ポンっと軽く肩を叩かれる。
「え?」
意味も分からず視線を向けたが、すでに後姿。
ブルゾンの上に見える黒髪に覚えはない。
「なんだぁ?」
怪訝そうな顔で眉を寄せた船員は、「いけない、いけない」と慌てて再び少女の姿を探して顔を戻す。
彼は気付かない。
その見知らぬ黒髪の客が持つトランクが、自分が必死に首を回らせ求める相手のものと、非常によく似ていることに。
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