絶対に失敗の出来ない、リスキーな賭け。

一つ間違えただけで、己の身はおろか世界の未来まで危険に晒される。

一世一代の大勝負、などという表現は使いたくなかったが、今の状況は正にそれ。

深呼吸ひとつで覚悟を決めると、神楽は全神経を極限まで研ぎ澄ませ、そっと扉を開いた。

滑り込んだ室内にはベッドサイドのランプ一つの明かりしか灯っておらず、人の姿は見当たらない。

左の奥に見えるバスルームの扉の隙間から、僅かに漏れる光と水音に気づき、神楽は内心だけで舌を打った。

来る前に確認したカメラ映像では、囚人はベッドで休んでいたのだが、どうやらタイミングが悪かったらしい。

まさかのニアミス。

しかしそれでは困るのだ。

神楽は確かめる必要があった。

他者に知られることなく、二人きりで顔を合わせ、言葉を交わし、相手の本心を確かめる必要が。

敵なのか。

それとも。

しかし会えないとなれば仕方あるまい。

ここでバスルームから戻って来るのを、待っている暇はない。

速やかに上階へ戻って、地下牢獄への入室記録を抹消するべきだ。

見張りの衛兵二人を、近い内に支部へ飛ばす工作もしておくことに決め、神楽はその場を辞そうと踵を返しかけ。

「え?」

偶然捉えた光景に、硬直した。

あれほど意識して気配を殺していたと言うのに、思わず零れてしまった声。

その失態を認識する余裕は、レンズの内側で青を混ぜた黒を見張る彼にはなかった。

テーブルの上に置かれた、開かれたままのピルケース。

中に詰まった細長い錠剤。

洞察力に優れた彼だからこそ、気付くことが出来たのだろう。

僅かな明かりしかない部屋のカメラ映像では、黒に塗り潰されて誰の目に映ることもなかったはず。

木目の優しい丸テーブルの上。

震える指先が、ケースの中から一粒を取り出した。

はっきりと見えない錠剤の色を、記憶が鮮明に着色する。

神楽はそれを、幾度となく目にしたことがあったのだ。

背筋が小刻みに震え、脳内の回路が高速で動き出す。

何故、これが此処にある。

何故、これを彼が持っている。

内側からじわじわと湧き上がる疑問。

そして、冴え渡る神楽の頭脳が弾き出した一つの予感。

「まさか……」

錠剤の側面に彫られた文字を見ようと、神楽が双眸を細めたのと、凄まじい力で身体を引かれたのは同時だった。

「はっ……っ!」

壁に叩きつけられた細い体が、あまりの威力にバウンドし肺から奇妙な音を吐き出させた。

間髪入れずに肩を押さえ付けられ、衝撃に麻痺した身体はあっけなく磔にされる。

咳き込む神楽の耳朶を、低い音色が震わせた。

「……ここで、何してる」

生理的な涙で滲む瞳を持ち上げた神楽は、目にした相手の輝きに、己の予感を確信に変えた。




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