禁断の箱。
「お疲れ様です!」
「ご苦労様」
姿勢を正して敬礼をして見せた二人の衛兵に、神楽はやんわりと応じながら、その扉を開いた。
特定の階級章にのみ反応して開錠されるフロア0の一角は、目に眩しいほど煌びやかに飾られてはいたが、ここが完璧なる牢獄であると彼は知っている。
地下であるために窓一つなく、扉の鍵は外側からのみ開けることが可能。
各部屋には監視カメラが備えられ、不審な動きがあればすぐに看守となる士官が飛んで来る。
蒼牙が元帥位に就いてすぐ、イルビナ軍幹部の椅子を新しい人材に入れ替えるため、元帥を除く当時の上層部全員が、この世界で最も豪奢な牢獄に放り込まれたのだ。
名目は何でもよかった。
些細な問題を取り上げ、無数に存在する部屋に監禁し、連日尋問を繰り返す。
いくら設備に問題がないと言っても、囚人たちが発狂するのに長い時間は必要ない。
すっかり空いた幹部の椅子に、火澄を始め蒼牙が目をつけた若者が次々と引き上げられた。
神楽とてその一人。
イルビナ軍蒼牙統治における暗闇の名残が、この場所だ。
そして現在、ここには二名の囚人が収容されていた。
一人は雪=華真。
先日の会話以来、火澄の目を懸念して接触は出来ていなかったが、もう数日後には最初の華真族を使った実験が行われる。
研究所自体を破壊すると言った術師が、果たしてどのような策に出るのか、今日にでもきちんと話しをするつもりだが、しかし神楽には先に確認すべきことがあった。
強力なカードの有無。
一枚加わるだけで、状況は恐ろしいほどこちらに有利となるだろう。
彼は一つの扉の前で足を止めると、襟の階級章をセンサーに映した。
音もなくロックが解除される。
ドアノブに手を添えたところで、動きを止めた。
これからまみえる相手を思えば、自然と肩に力が入ってしまう。
緊張に乾いた喉を上下に動かし、逸る動悸を落ち着けようと試みる。
この部屋の監視カメラには来る前に細工をして、数刻前の支障が出ない場面の映像が流れるように接続しておいた。
管理室でモニターをチェックされても問題はない。
己ならば上手くやることが出来ると分かってはいても、始めようとしている綱渡りに、流石の神楽も緊張せずにはいられないのだ。
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