難問。




この部屋に足を踏み入れるたび、男は実感する。

一流の調度を邪魔にならぬ程度に配し、一欠けらの塵も赦さぬ潔癖さ。

ただ一人の人間が何時如何なるときも身を置く寝室は、以前訪れた際と何も変化を見せず時間が止まっているようだ。

それでも寝台に根付いてしまった義父の姿が、顔を合わせるごとに衰弱していることを悟らずにはいられない。

時計の針が止まった空間において、それはいやでも目に付き、むしろ強調される。

胸を締め付けるコントラストに、自然と火澄の表情に影が差した。

西国の絶対支配者として君臨し続けた男の、灯る炎が消えるのはそう遠くない。

「どうした?」
「え……いえ、なんでもありません」

報告に来たと言うに、突きつけられた現実を目の当たりにしたせいで、意識が飛んでいたようだ。

火澄は誤魔化すように、あのどこか楽しそうな微笑をこしらえた。

それから手元の書類を手繰り、昨日の収穫を口にする。

「雪=華真の協力を取り付けることに成功しました。滞っていた花開発も、進展が見られるでしょう」
「そうか」
「近日中に第一回の実験を予定しています。飛空挺においても、引き続き翔庵少将を筆頭に改良を続けさせているので、恐らく『花』よりも早い完成が望めると思われます」

余計な事項を蒼牙に伝える気はない。

彼に報告するのは、彼の野望を現実のものとする情報だけだ。

先日の総本部侵入は流石に耳に入っているだろうが、事の仔細や経過は必要ない。

障害となるすべてのものは、自分が処理して行くのだから。

つまらぬことで義父を煩わせたくはなかった。

痩せ細った体の中で、ギロリと鋭い爬虫類を彷彿とさせる元帥の瞳は、いつかのようにやはり窓の外に流されていた。

「火澄」

不意に呼ばれた己の名に、男はまたしても沈みかけた意識を持ち上げる。

「はい、どうかなさいましたか?」

蒼牙の双眸は、こちらを見ない。

「人はなぜ、生きるのだと思う?」




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