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日中のレッセンブルグは、多くの人々で賑わい豊かな活気に満ちてはいたが、今日は特に軍人の姿が多いことに住人たちは気付いていた。
人々がどこかぎこちない空気を肌で感じ、常にない空気を怪訝に思う中、出航時間を待つ船がいくつも停泊する港も、また平時とは異なっていた。
亜麻色の緩やかな波を描く髪が、潮風に靡く。
青のワンピースにファーの付いたコートを羽織った少女は、控えめで清楚な美しさがあり、俯き加減で歩いていても、港の人間の視線を数多く集めていた。
両手で持った旅行鞄から察するに、何処か一人旅にでも行くのだろう。
華奢な体がいつトランクの重みで傾くか、船員、客関係なしに皆一様に目を光らせている。
鞄を運ぶことにかこつけて、上手い具合にお近づきにでもなれたらと、下心は透けていた。
だが、予想に反して少しも揺らぐことのない少女は、一隻の旅客船の搭乗場所までやって来ると、控えていた船乗りに声をかけた。
「あの、今からでも部屋は空いてますか?」
落ち着いた音色は少し低い気もするが、やはり可憐である。
船員は周囲の嫉妬の視線に優越感を感じながら、笑顔で答えた。
「えぇ、もちろんですよ。出航までもうしばらくありますから、お荷物を運んでおきましょうか?」
「よろしいんですか?よかったぁ、ありがとうございます」
にこりと上品な笑顔に気をよくした船員は、「では行きましょうか」とリードに見せかけ少女の背中に手を当てようとして、空振り。
「私、まだ少し用事があって」
「そ、そうでしたか。では先にお荷物だけお部屋に」
見事かつさりげないかわし方はあまりに自然で、船乗りはおろか、やり取りを見つめる周囲の人間も少女が意図的に取った行動とは気付かない。
「お願いします。あ、そうでした、この辺りに……」
「何かお探しで?」
きょろきょろと視線を廻らす少女は、しかし目的のものを見つけたのか、ペコリと頭を下げると軽やかな足取りでそちらに向って小走り。
ふわふわと宙を踊る亜麻色の髪が、紛い物であることにも誰一人気付かないのだから、少女は内心でクスリと笑った。
この愛らしい少女が何処に向うのか、やはり全員が注目。
そして皆、あぁなるほど、と納得した。
「あの、郵便をお願いしてもよろしいですか?」
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