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己とて雪を護りたかった。
自分の手で、何人の手からも護りたかった。
あの純白を汚す存在は、血塗られた自分だけで十分だ。
誰をも触れてはならないと、触れさせるものかと。
傲慢ながらも自分のために、雪を護りたかったのに。
護られ、傷つけ、疑いすらしそうになった自分の何と愚かなこと。
「……ぅ…っ……せっ……っ」
涙腺が壊れてしまったのだ。
声を上げて泣いたのは、どれ位ぶりだろか。
最早少年の目に、現実など見えてはいない。
滲んで滲んで、どうしようもなくなった視界には、雪の姿しか存在しないのだ。
無力な自分が憎くてしかたない。
何が『紅の戦神』だ。
どれほど牙を剥き血を浴びようと、一番重要なときに力を発揮しなければ、存在価値など何処にもない。
この腕が。
この足が。
全身が雪を求めて叫んでいると言うのに、今の無力な自分は成す手を持たぬ。
惨めで無知で脆弱で。
それでも、もう一度雪が欲しいと想う欲深さ。
浅ましくも強欲な己が心。
やるべきことは、もう決めていた。
やらなければ、本当に自分はこのままでいられない。
再び彼の温もりを感じたい。
恐ろしいほど精緻に整った荘厳な姿で見せる、人間らしい笑顔。
鼓膜を打つ心地よい透き通った低音。
今度こそ本当に、雪を護る。
だから、今だけは。
今だけは、声を枯らして泣き濡れることを、どうか許して。
搾り出すような嗚咽が、次第に昇る太陽に吸い込まれ、淡く消えて行った。
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