新しい日。




時は少し遡る。

碧が出て行った室内は、途端寂寥感に包まれた。

薄紫が流れ込んだ空間に、ぼんやりと浮かび上がる僅かな丁度。

狭い室内の半分を埋めるベッドの上で、少年は背景と溶け込むように存在した。

ベッドヘッドに寄りかかり膝を抱え、視線はどこを見ているのか。

ただ意味もなく正面の扉だけを凝視しているようで、実のところ彼の瞳には何も映ってはいない。

内側から込み上げる感情に、すべての意識が持っていかれて、ピクリとも動かなかった。

それでも精巧な人形に見えぬのは、大きな黒曜石にしっかりと感情が見えるからだろう。

膝を掴む手に力が入り、手首の内側で腱が浮く。

碧から聞いた話は、衣織を蘇らせることは出来た。

だが同時に、少年の心に悔恨の念も植え付けた。

あれほどイルビナに下ることを拒絶していた雪が、自ら紅に落ちた。

彼がどれほど自分を想ってくれているか。

この短い旅の中で痛いほど分かっていたはずなのに。

自分は雪に捨てられたのだと、信じて。

ただ絶望に打ちひしがれて。

よくも被害者面が出来たものだ。

自嘲の笑みが口端に刻まれて、消える。

一人きりで良かった。

きっと碧は察して出て行ったのであろうが、助かった。

ボロリと一粒流れたのをきっかけに、衣織の両の眼から涙が溢れ出した。

次から次へと頬を伝い、視界がぐちゃぐちゃに歪む。

喉が干上がり、荒い呼吸が繰り返されて胸が上下する。

「……っ……ぃ」

雪は自分のために、イルビナ軍に手を貸すことになった。

自分を護るために、犠牲になったのだ。

彼を護りたいと意気込んでいたのに、結果この有様。

本当に、あの台詞を雪が口にしたかったのか。

あの辛辣な別れの台詞。

そんなわけはないと、今なら断言出来る。

優しく甘い雪のことだ。

衣織を傷つけながら、自分はより深く傷ついたに違いない。

どんな気持ちで、言葉を紡いでくれたのだろう。

護られて、護られて。

こんなにも愛されていると言うのに、あまりに一人よがりであった自分が許せない。




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