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「術師に捨てられたんだろ?可哀想になぁ」
「違う……っ」
「違わねぇだろうが。捨てられたから、そんな面してんだろ」
「っ!」
ぐっとベッドに押し倒された少年は、覆い被さる男の存在に曇った眼を見開いた。
この状態から彼が何をするかなど、想像は容易い。
地下神殿での出来事がフラッシュバック。
遮二無二暴れ逃げ出そうとするも、手馴れた相手に両の手首も足もシーツに縫い止められてしまう。
時を待たずとして、自分を組み敷くことに成功した男が、艶やかな黒髪に唇を滑らせ、挑発するように尋ねた。
「何で暴れる?」
「…嫌だからに決まってんだろっ、そこ退けっ!」
「はっ。誰が退くかよ」
肩口に埋められた碧の頭に、衣織の焦りが加速。
鋭い犬歯が甘く首筋を噛む。
牙はそのまま顎を伝い以前同様、耳朶を舐る。
奇妙な感覚が背筋を駆け抜け、少年の肌がざっと粟立った。
「ちょっ……マジで……やめっ」
「抵抗する意味あんのか?」
意味の分からない台詞。
凍結した脳がズキンと痛んだ。
「誰のために抵抗すんだよ」
「なに―――」
「術師はもう、お前を抱いてくれないだろ」
瞬間、男の下にあった身体が、ピタリと動きを止めた。
白銀の背中が蘇る。
投げられたフレーズも。
そうだ。
雪は自分を捨てた。
必要ないと口にした。
もう、自分は必要ないと。
ならば、この身体に何の意味があると言うのだろうか。
ここで誰に抱かれようとも、どんな支障もありはしないだろうに。
力の抜けて行く少年の四肢を、対する碧がどんな思いで目にしていたか、衣織は気付かない。
ただ、雪に触れてもらえぬ身に価値を見出せず。
再び喋らぬ存在に成り果てた。
「可哀想な衣織。術師に捨てられた衣織。ただの哀れな人形だ、今のお前は」
「……」
「それもいいけどな。何も見ない、何も考えない、聞かない……このまま俺に抱かれてろ」
シャツの内側に潜り込んだ手が、わき腹を這いそのまま胸元へと伸ばされる。
もう一方が腿の内側を撫で上げれば、ビクリと腰が跳ねた。
鎖骨の窪みに沿って蠢く舌先。
それでも抵抗のない存在は、本当に魂が抜け落ちたよう。
最早拘束の必要もない。
「……ぁっ」
器とは反対に、虚ろな心が宙を漂った。
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