人形。




寝台の上で膝を抱えた少年は、外界からの接触を拒むように、生気の欠片もない面を俯かせた。

カーテンのない窓硝子からは、大通りから外れているせいで街灯の明かりすら差し込まない。

夜闇に満たされた室内は長い間放置されていたのか、床に薄っすらと埃が敷かれており、身を置くシーツも古めかしかった。

ここが一体どこなのか。

敵に連れて来られた場所を、今の衣織が疑問に思う精神の隙間はない。

麻痺した心臓は厚い壁を作りだし、周囲の小さな刺激ではピクリとも反応せず、ただひたすら沈黙を貫く。

それでもふとした瞬間に叫び声を上げてしまいそうな緊張はすぐ傍に存在して、腕を掴む手が時折白くなる。

ガチャリと言う音と共に、木製の扉が開かれても、衣織は身じろぎ一つしなかった。

碧は出て行った時と代わり映えのない部屋の様子に、軽く眉根を寄せた。

「いつまでそうしてるつもりだ」
「……」
「ここも明日までが限界だろうからな。先のことを決めろ」

レッセンブルグ郊外の空家は、以前目をつけていたもの。

自身の名義で借りているわけではないが、軍の優秀な情報部ならば、一夜で突き止められる。

紅のコートを椅子に放りながら言葉を投げた男は、衣織の姿に舌打ちを漏らした。

長い足でベッドに寄るや、少年の手を乱暴に払い胸倉を掴み上げる。

男の力に任せて何の抵抗もしない体は、マリオネットのよう。

軽い体躯はあっけなく浮かんだ。

「腑抜けんのも大概に……っ」

怒鳴り声は最後まで発せられずに霧散した。

黒髪から覗く右の眼から、頬を伝った一滴。

強張った表情のない貌の上を流れるその輝きは、彼の内に息を潜めた感情を雄弁に語っていた。

苛立ちの消えたエメラルドが、細められる。

「……術師が恋しいか?」

人形の肩が、僅かに揺れた。

どの単語が琴線に触れたかなど明白で。

彼の中で白銀がどれほど大きな役割を担っていたのか。

襟から退いた手が、代わって少年の首裏に伸びた。

骨ばった大きな掌に細い項が優しく撫ぜられて、もう一度衣織の身体が反応した。

けれどまだ、整った面には何の色も見えない。

鋭い双眸は何一つ見逃しはしないと言うように、己が眼に少年を晒す。

それから寝台に乗り上げると、華奢な体躯を力強く抱きしめた。

「……っ」
「慰めてやろうか?」
「なっ……」

鼓膜を震わせた囁きに、思わず衣織の口から音が出る。

困惑と驚愕に彩られたそれ。

僅かに色づく音色を耳にして、男の口角が緩く吊り上った。




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