護るために。




「あんな言い方しなくても良かったのに」

フロア0に戻った途端、寄越された言葉に、男は金色の双眸を鋭くさせた。

モニターには先ほど愛しい相手を傷つけた部屋が映されたまま。

既に人影の見えないことに内心で安堵しつつも、漲る殺気は衰えない。

突き刺さる視線を肩を竦めて受けた相手は、勝者のみが浮かべることの出来る微笑を口元に乗せた。

「嘘。君の言い方は正しかったと思うよ。あぁでも言わなきゃ、衣織くん逃げてくれなかっただろうからね」

雪の唇が、きつく引き結ばれた。

己が紡いだ言葉に虫唾が走る。

必要ないはずがあるだろうか。

今にも踵を返して、あの細い背中を抱きしめたい。

心にもないことを言ったと、謝りたい。

出会ってから一度も目にしたことのない悲痛な面持ちで、必死にこちらを見つめていた黒曜石に、淡い雫が滲んでいたと気付かないはずもなく。

取り乱した様子で氷を掴む手も気がかりで、けれど自分に出来たのは一刻も早くあの場を去って、精霊を消すことだけ。

耳から離れぬ己を呼ぶ声。

どれほど深い痛みを与えてしまったのか、測り知れない。

これ程にも焦がれていると言うのに。

けれど、追いかけることも出来ないのだ。

地下駐車場には無数の遠隔術札が仕掛けられていた。

こちらで管理することの出来るそれは、火澄の合図一つで一斉に起爆する。

イルビナ軍総本部全体にセットされている術札は、この空間においてハニーブロンドの男が絶対支配者であることを確立させていて。

彼がその気になれば、自分たちは侵入からこちら、簡単に火精霊の業火に呑み込まれていたはず。

初めから術師に選択権など用意されてはいなかった。

「僕たちに彼を捕まえられたら、雪くんはイルビナを裏切れなくなるもんね」
「黙れ」

激情を押し殺した音色に軽く笑んでみせた火澄は、先ほど目にした映像を脳裏で思い出していた。

中将の暴走。

別段珍しいことでもなかったが、如何せん今回の場合は例外だ。

華真族のウィークポイントである存在を、逃がすとはあり得ない。

せっかく術師に手酷い別れを告げられ茫然自失としていたと言うのに、とんだ真似をしてくれた。

こちらの目的を知っている碧が、何故軍規を侵してまで何でも屋を連れて走り去ったのか。

緋色に入る白銀の男は、固い面でこちらを見ていた。

「あぁ見えて、甘いからなぁ……」

装甲自動二輪車に埋め込まれた探知機で、追跡をさせているから二人を拘束するのも時間の問題だろう。




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