彼の人は何を想う。




どれほど立ち尽くしていたのだろう。

眼前の水精霊が消えたことにも、少年は気付いてはいなかった。

ジクジクと鈍く痛むはずの掌など知らぬかのように、ただ古に作られた石像のように佇み続ける。

常にあり続けた瞳の輝きは何処へ流れ、鈍く世界を映す硝子玉に姿を変えた。

内側に溢れるは、姿を消した男のビジョン。

鮮やか過ぎるほどに鮮明な映像。

硬直した心は最早何一つ感じることもなく、異様なまでに静かであった。

反対に、やけに冷静な頭がこの場に留まる無意味を訴える。

術師は自分を切った。

ならば追っ手が来る前に脱出しなければ。

けれど、衣織の足はやはり動かない。

頑なに黙する心と、現実を紡ぐ頭脳。

根幹に宿る人影だけが、動きを見せて。

だから気付けなかった。

禍々しいほどの殺気が叩きつけられたことにも。

「会いたかった……衣織っ!」

振り下ろされたランスの刃を銃身で受け止めたのは、防衛本能による反射行動。

けれど、意志の宿らぬ防御では凶悪な一撃を完全に防ぐことが出来ず、華奢な身体は簡単に吹き飛んだ。

「っ……」

勢いのまま床を転がる少年は、迫る危険にすら何も感じなかった。

生物ならば誰しもが持つ危機回避本能は、きっと壊れている。

でなければ、猛禽類の双眸を宿す男を前にして、これほど無感動ではいられない。

少しの気迫も感じられぬ相手に、当の攻撃をした人物―――碧は怪訝そうに眉を寄せた。

勘のままにこちらに来て見れば、目的の死神がいたと言うのに。

一体どうなっている。

シンラで刃を交えたのは、本当にこの少年だったのかと疑ってしまうほど、手応えがない。

碧は疑問を抱きつつ、緩慢な動きで立ち上がった少年に向かって地を蹴った。

鋭い踏み込みから繰り出される横一線の斬撃を、衣織は鈍い動作で避けるが、返された刃によってバランスを崩した。

眼前ギリギリでかわしたものの、無残に背中から倒れこむ。

「はっ」

瞬間的に詰まった呼吸に、奇妙な音を口から発した。

「ふざけてんのか?」
「………」

喉元に突きつけられた切っ先にも、僅かな反応すら見せない。

これはいよいよおかしい。

すっかり削がれた戦闘意欲に、男は小さく舌打ち。

どうしたものかと周囲に目を飛ばし、それから気が付いた。

「術師はどうした?はぐれたのか?」




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