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『必要ない』
死刑宣告は、恐ろしいほど静かな調子で紡がれた。
信じられぬ一言を、心が受け入れることを許さない。
硬直した胸の中心が、その台詞を跳ね除ける。
必死の抵抗。
だが内部の抗いを物ともせず、猛毒はゆったりと、けれど確実に衣織の息の根を止めようと手を伸ばすのだ。
「なに………雪?」
口から零れ出たのは、驚くほど脆弱な音色。
術師の声が、少年の心臓に到達した。
「アンタっ……マジで言ってんのかよっ!?おいっ、何とか言えよっ!!」
自身の声が世界に木霊する。
妙な反響がかけられた叫びは、どうしてだろうか。
衣織はどこか遠い想いで耳にしていた。
己がものだと言うのに、知らぬ他人が喚いているような。
そんな気が。
「ふざけんなよっ!アンタ自分が何言ってるか分かってんのかっ!?」
氷柱を掴む掌が、低温火傷を始めた痛覚すら遥か彼方。
意識の外。
全神経。
この身体一杯に満ちた激情は、たった一つだけ。
唯一に支配された思考は、他の一切から少年を解放する。
「雪っ!!」
彼だけ。
彼だけ。
絶望だろうか。
血の色だろうか。
絞り出す男の名前。
けれど、少年の闇色の眼の前で、真っ白な術師はゆっくりと踵を返した。
遠ざかる背中。
広がる距離。
滲む視界。
今にも動き出そうとする足を、冷たい壁が許さない。
「てめっ…待てよっ!!おい、雪っ……雪っっ!!」
柱の合間から伸ばす腕は、虚空を掻くばかり。
求める温もりに触れることも叶わない。
白銀が揺れる。
再び開いた扉が、男の身体を呑み込んで。
永遠の別離を示唆するかのように、閉ざされた。
「雪っ………!!」
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