柔らかな感触に、衣織は目を見開いた。

よく知った行為。

けれど初めての感覚。

背筋を走る独特の痺れに、視界を満たす美しい白皙。

驚きとアルコールで動けない衣織をいいことに、酔って正気を無くした雪は口付けをさらに深いものへ変えようとしてきた。

優しい動きで衣織の唇を割り開こうと舌で辿る。

ひどく繊細なそれに、普通の乙女ならば誰しもがうっとりと目を閉じるだろうに。

しかし悲しいかな。

衣織は歴とした男だった。

「だぁぁぁぁっっ!やめろっ、離れろっ!このキス魔っ!!」

気力のみで腕を振り上げ、彼の右頬目掛けて強烈な一撃を見舞った。

雪の体が、力なく後方に吹き飛ぶ。

壁にごんっと頭を打ちつける音に、構う心の余裕はない。

やがてぐったりと動かなくなった彼からは、スースーと暢気な寝息が聞えて来た。

「なに考えてんだっ、このクソ術師っ!!」

真っ赤に染まった顔で、衣織は眠りに落ちた男へ喚いた。

言ったところで返事はないと分かっていても、感情の昂りはそう簡単に収まってなどくれない。

一度はむせたくせに、次からはするする飲んで行くから変だとは思ったのだ。

まさか酔っていたとは。

いくらなんでも、酒の回りが早すぎるだろう。

冗談のような展開に、重苦しいため息が溢れだす。

じっとりとした視線の先では、人の気も知らずに穏やかに眠る美しい男。

今しがたの「事故」を追い払うように、衣織は頭を振った。

感覚の戻り始めた体を動かして、下戸とも言えない美男子にベッドから剥いだ毛布をかけてやる。

暖炉に火は灯っているが、床でそのまま寝ては風邪をひく。

衣織の体格では、長身の彼をベッドまで運んでやることも出来ないので、これしかあるまい。

たった今、暴挙を働かれたにも関らず、世話を焼いてしまう己を不思議に思うことはなかった。

心地良さそうに目蓋を閉じた雪の顔をひとしきり眺める。

「ったく」

一言呟くと、衣織は部屋を後にした。




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