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『花』開発を進める、イルビナ最大規模の研究施設は、流石と言おうか。
幾人もの研究員がこちらの緊迫したやり取りなど知らず、ただ黙々と新型の機器で作業を行う。
けれど、どれほど優秀な人材を集めようと、どれほど技術を凝らした機材を投入しようと、一つの鍵が手に入らねば『花』は生まれない。
捉えた光景の中央に存在する、円柱に納められた花突からは、絶えず光りが湧き上がり、踊り狂っている。
同じようにそれを視界に入れた白銀の唇が、不敵に吊り上った。
続きを聞かなくとも、相手が何を要求しているかなど簡単だ。
確かに再度狂ったエレメントに襲われれば、ただでは済むまい。
今度こそ精神が壊れる。
雪の力はそれほどまでに強いのだ。
それでも。
「お前に貸す力など、ない」
明確な拒絶が、音になった。
彼の表情には一切の迷いもなく、動かぬ意志が見て取れる。
己がどうなろうとも、イルビナに従うわけにはいかない。
自信さえも窺える表情に、火澄の小さな呟きが零れた。
「……そう言うところは、ほんと似てる」
「なに?」
上手く聞き取ることの出来なかった台詞に、術師の眉が寄る。
だが、男は取り合うこともなく。
「仕方ないなぁ」と、一言。
さして困ったようでもない態度に、雪は警戒を強めた。
次に何が起こるのか。
エレメントの衝撃も予想して、足に力を入れる。
だが、彼の傍から火澄の庇護は離れなかった。
変わりに、頭上に備えられているあのモニターの画面が、パッと映像を切り替える。
黒字に白い文字が並んだものから、よく見知った少年の映像に。
「君にはやっぱり、こっちの方は効果的かと思ってさ」
動揺の走った雪に、火澄が追い討ちをかけた。
端整な面は驚愕から見る見る不穏な顔つきへと変化し、やがて感情を失う。
何も感じていないわけではない。
驚きが冷めたわけでもない。
納得したわけでも、諦めたわけでも。
証拠に、彼の二つの瞳だけは、荘厳なまでの殺気を孕んでいた。
「衣織くん、いい子だよね。困っている人を放っておけない性質なのかな?何でも屋を理由にしてるけど、他人のために動けるのは優しい証拠だよ。紅の戦神とかってよく知らないんだけど、フリーランスだったなんて信じられないよ」
クリアな画面に現れた黒髪の少年。
広々とした空間にポツリと身を置き、自分の現在位置を考えているのだろう。
キョロキョロと周囲を窺っている。
モニターを食い入るように見つめる白銀の術師に、火澄は美貌に浮かぶ笑みを深くするが、しかし赤い宝石に慈悲の欠片すら見つけられはしない。
「神楽も言っていなかった?」
「お前……っ」
「回りくどいのが嫌いなら、はっきり言おうか。衣織くんを殺したいなら、その扉を潜って出て行くといい」
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