今まで感じたものの比ではない、衝撃。

込み上げる嘔吐感と視界が霞むような眩暈まで引き起こされ、美貌の面が苦痛に歪む。

「大正解。そうでもしなきゃ、君をここまで連れてくるなんて出来ないからね」
「……ぃっ」

溜まらず膝を着く雪は、銀髪を床に流した。

地に置いた手の甲には、青い血管が浮き上がり、強く噛み締めた唇は叫び声を上まいと懸命になっているようで。

何だ、これは。

何だ、これは。

彼の神経を今にも引き千切ろうかと言う、凶悪なエレメントの奔流が、否応無しに体内に流れ込む。

身体が、壊れてしまいそうだ。

凄まじ嵐の中に居る雪とは反対に、紅の裾が柔らかく翻った。

肩を震わせる脆弱な存在と視線を合わせるため腰を折ると、火澄は穏やかな微笑を口角に刻んだ。

「苦しい?ここは特に、エレメントの状態が悪いみたいだね。僕の精霊で保護しないと、厳しいかなって思ったけど、やっぱりそうだったんだ」
「………っ」

状況にそぐわぬ相手に言いたいことは、きっと山のようにある。

けれど今の術師は、言葉を奏でることすら出来ない。

その事実を、嫌悪することも。

「ごめんね。ほら、大丈夫だよ」

宥める台詞が砕けそうな雪の頭に響いたのと、火澄の腕が崩折れた身体を静かに抱きしめたのは、同時であった。

首元に埋まったハニーブロンド。

決して細くはない同性の体躯と、蘇る正常なエレメントの感覚。

香る甘い花の芳香は、荒れた内部を落ち着けるようで。

真綿で包まれたような穏やかな温かさが、術師の苦痛を取り除いた。

敵に身を預けていると言う現状を、彼の脳が把握したのは暫くのこと。

既に暴力的な精霊の渦から抜け出した後であった。

雪の顔が不機嫌極まりないと、盛大に顰められた。

「…離せ」
「あ、もう平気?ゴメン、ゴメン。まさかこんなに大変なことになるなんて思わなくてさ」
「………」
「でも、これで自分がどんな状況か分かっただろう?」
「…何が言いたい」

耳元の囁きに、毒の牙。

するりと離れた男は、たった今自分が引き起こした事態を分かっているのか。

何事もなかったように、口を開いた。

「もう一度僕が、君の周りから正常なエレメントを無くしたら、雪くん。君は満足に立っていることも出来ないね」

緋色の視線が、硝子の向こう側に投げられた。




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