『何故、正常なエレメントを持っている』

その言葉は、鋼鉄が発する低い稼動音に紛れることなく、はっきりと相手の中へ落ちていった。

術師にとって間合いとは、エレメントを察知する能力が最大限に発揮されている範囲を指す。

間合いの外に在るエレメントよりも、ずっと深いシンクロが可能となるため、基本的にこの内側に存在する精霊を使役し術を使うのだ。

感能力が敏感な間合いでは、精霊のどれほど僅かな反応さえも手に取るように分かる。

そこに踏み込まれた瞬間、雪は気付いた。

気付かないはずがない。

イルビナに入国してから続く眩暈も頭痛も、重苦しい呼吸さえ。

己の精神を蝕む全てが消失したのだから。

「あぁ、やっぱり気付いていたんだ。さすが華真族だね」

もっともらしい顔で微笑む男は、怒りを押し殺す対面の存在に怯みもしない。

口当たりの良い甘い面で素直に関心してみせるのだから、雪の纏う雰囲気もより鋭利に研ぎ澄まされていく。

「…この国は異常だ。こんなエレメントの状態は、あり得ない」
「へぇ、異常なんだ。そこまでは分からなかったなぁ。ただ少し扱いにくいだけだと思ってたんだけど……」
「だが、お前は違う」

すっと持ち上げた右手が、淡い輝きを纏う。

雪はそのまま軽く手首を捻った。

途端、小さな爆発が大将との間に生じた。

何の威力もない張りぼての破裂は、すぐに霧散する。

元から攻撃のつもりで使役したわけでもない男は、ただこちらを楽しそうに見やる相手に、射るような眼を向けた。

「お前の周囲には……いや、お前からは、正常なエレメントが発生している―――お前は、何者だ」

消えた体調不良のわけ。

それは、火澄から流れる正常なエレメントが雪を包み、異常なそれらから隔離するように働いているからだった。

つまり、火澄がこちらの間合いにいる現在、雪は荒れた精霊の影響下から抜け出しているのだ。

当然ながら正気を持った精霊は術師の意に従い、彼の思いのままに小さな爆発を演出した。

人間は体内に微弱なエレメントを有している。

例えどれほど技術が進歩しようと、人間が生物である限り必ず。

けれど、術を使えるほどの量を発しているなど、まずあり得ない。

今雪が行ったのは下級精霊を用いた小さな使役だが、火澄から漏れる精霊はそんなつまらないものではない。

もっとずっと高位のものを、雪の繊細な神経は捉えていた。

「お前の中には………っ!!」

果たして続く言葉は何であったのだろう。

突如襲った頭を締め付けるような感覚に、男は息を呑んだ。




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