異常。
「ん?どうかした?」
先を歩く男は、背後から叩きつけられる怜悧な視線に、不思議そうに振り返った。
きょとんと言う効果音でも付けたくなる素直な表情にも、しかし白銀の術師は警戒心を少しも緩めはしない。
たった一つの疑問に占拠された優秀な頭脳。
けれどどうしても解を得ることは出来ず、雪は更に白皙の美貌を険しくさせた。
「どう言うことだ?」
軽妙な誘いに反し、決して逃げることを許さない迫力を持った相手に、雪は首を縦に振った。
臆したからではない。
術師は気付いたのだ。
まるで予想通りとでもいうような顔で満足そうに微笑んだ男は、軽い足取りで通路を進み、何を考えているのか。
フロア0へと続く昇降機までやって来た。
そこでいよいよ雪は言及しないわけにはいかなくなった。
自分を華真族と心得て協力要請をしているのならば、こちらが花突を廻っていることなど承知のはず。
現にネイドでは待ち伏せまでされた。
にも関わらず、自分の目的地へ招待されるだなんて、どう考えても怪しい。
様子を伺う時間は、与えられていなかった。
「何が?」
「言え。どう言うことだ?」
厳しい物言いに火澄は困ったように肩を竦めるも、どこか揶揄するように言う。
「せっかちだなぁ」
「ふざけっ……っ!」
「下へ参りまーす」
不意に伸ばされた腕に引き寄せられ、バランスを崩した男の身体は、この食えない大将が立つ昇降機の中へと入ってしまった。
己の不注意を後悔しても、もう遅い。
火澄の指は軽いタッチでボタンを押した。
動き出す箱。
下がり行く感覚に、雪は舌を打つ他なかった。
殺意すら窺える金の瞳で睨みつけた先で待っていたのは、緋色のそれ。
形の良い唇が動く。
「体調、随分良くなったみたいだね」
「っ」
はっと雪の顔に緊張が走る。
こちらの動揺にクスリと笑む男。
反応を楽しまれていると理解していても、どうしようもない。
揺れ動く内心を落ち着けようと、術師はきつく目を閉じた。
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