地味。
「あ〜くっそ、狭いっ……って」
肘をぶつけた少年は、じんじんと腕に走る痺れに蹲った。
そもそも蹲ったような体勢だったので、さして身体を動かすこともなかったが。
一通りの敵を倒した後、衣織が選択したのは『雪を追う』である。
イルビナで仕入れたのは、何も本部の見取り図だけではない。
構造を詳しく記した地図には、今自分が身を置く通風口がどのように廻らされているのかまで載っていたのだ。
華奢な少年一人進むのが精一杯のこの狭い管の中。
残念なことに方向転換は不可能だ。
芋虫気分で前進を再開させる。
雪と分かれて、もう半刻程が経過していた。
彼がどこにいるのか。
無事に花突に到達できたのか。
体調は?
敵には遭遇した?
噴出しそうになる不安の種は、どうにも誤魔化し様がない。
オマケに得意の嫌な予感とやらが、衣織の胸中にはあった。
何かが起こりそうな。
気詰まりのする不穏な感情。
これが単なる思い過ごしであることを願うばかりだ。
そうでなければ、何が起こる?
渇いた唇を舐めた舌は、どこか忙しなかった。
雪を想えば知らず逸る心。
一刻も早く、彼の無事をこの眼で確かめたい。
気持ちばかりが先を行く。
信じていないのではない。
ただ、己を安堵させたいだけ。
自分勝手でワガママな願い。
分かっていても、止められない。
離れることが、こんなにも息苦しいだなんて。
出逢ってから何度も別行動を取ったというのに、今初めて思い知る。
叫びだしたい衝動は、ここに来て突如目を覚ましたのだ。
罪を背負った己が、他人を渇望するだなんて許されないけれど。
汚れた自分が、あの美しい男を欲するだなんて許されないけれど。
「仕方ねぇだろ……っ」
彼は自分が護るべき相手なのだから。
護りたいと望んだ相手なのだから。
「あっ」
意識を内部から持ち上げた少年は気が付いた。
「行き過ぎた……」
出るべき通風口を、当の昔に通過していたことに。
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