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「っゴホッ!!」
正面で雪が咽る。
笑ってやりたかったけれど、衣織にも余裕は無かった。
こちらとて、規則的に飲み下すだけで精いっぱいなのだ。
だが、ひとしきり咳き込んだ後、雪がすぐに瓶に口をつけたことで、ぎょっとなる。
果敢にも再挑戦した男は、今度は咽ることなく酒を嚥下して行くのだ。
そのスピードは、飲みなれている少年に匹敵する。
負けてなるものか。
衣織は焦る心を落ち着かせ、酒を飲み干すことに集中した。
全身の熱さで、視界がぼやける。
喉を焼く痛みに、妙な汗が出る。
それでも何とか飲み続けた。
あと少し。
瓶を傾けた時。
トンッと軽い音が、鼓膜を打った。
「俺の勝ちだな」
「ぐっ、ごほっ!……う、嘘だろっ!?」
空になった酒瓶をテーブルに置いた雪が、艶然と微笑んだ。
「アンタ化け物かよっ!?信じらんねぇっ」
咳き込んだせいで、衣織は僅かに涙目だ。
彼の瓶には指二本分の酒が残っていた。
負けである。
こちらに分がある勝負だったはずなのに、どうしてこんなことになったのか。
喉のひりつきを気にしながら、上目で雪を睨んでいた衣織は、ふと相手の様子に違和感を覚えた。
「お、おい」
「約束だ」
「へ?」
雪はゆらりとソファから立ち上がると、浮ついたような足取りで少年との距離を詰めた。
何だ。
「いや、ちょっと待て、落ち着こう」
何かがおかしい。
床に膝をつき、直接座り込んでいるこちらへにじり寄る男は、明らかに先ほどまでとは異なっている。
「アンタ、まさか……」
壁際まで追いつめられた衣織へと、手が伸ばされる。
酒のせいで上手く動けない衣織は、焦る内心とは裏腹に硬直していた。
項に差し込まれた白い手の冷たさに、ビクッと肩が震えた。
「お前は俺のものだ」
「ちょっ、まっ……!」
間近に金の瞳を認めたとき、衣織の言葉は雪の唇によって行き場をなくした。
雪は、確実に酔っていた。
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