□
間もなく、そのフロアに立つ人物は、少年の他居なくなる。
大多数の敵を相手に傷一つ負わずに済んだ衣織は、足元に転がる紅の海に一瞬だけ目をやり、それから大きく嘆息。
「俺、逃げた方がいいのかな」
粗方倒したとは言え、まだまだイルビナ軍の兵は存在するはず。
こんな所でもたついていれば、すぐに新手が姿を見せるだろう。
冷静に考えれば、一刻も早く本部を脱出するべきだ。
問題を回避しようと足掻いていた、少し前までの自分ならば、その当然の選択を迷わず選び取るだろうに。
しかし、今の衣織には出来なかった。
「死んでないといいんだけど……」
ふざけた台詞に反して、彼の面は真剣で。
鋭い眼差しの先には、閉ざされたままのシャッターが存在した。
「雪」
呼びかけに応じる者は、いない。
少年の眉がきつく寄せる。
脳裏に浮かぶは、最後に目にした彼。
別れ際の雪の状態は、あまりにもひどかったのだ。
常ならともかくとして、今自分が倒した敵と相当する人数に襲われでもしたら、術師に勝機はない。
衣織は撃ち尽くしたリボルバーに弾丸を装填しつつ、キョロキョロと周囲を見回した。
しばらく何かを探していた二つの眼が、ピタリと天井のある一点で停止。
「ったく、無事じゃなきゃ殺してやる」
黒曜石が捉えたのは、小さな通風口であった。
- 264 -
[*←] | [→#]
[back][bkm]