間もなく、そのフロアに立つ人物は、少年の他居なくなる。

大多数の敵を相手に傷一つ負わずに済んだ衣織は、足元に転がる紅の海に一瞬だけ目をやり、それから大きく嘆息。

「俺、逃げた方がいいのかな」

粗方倒したとは言え、まだまだイルビナ軍の兵は存在するはず。

こんな所でもたついていれば、すぐに新手が姿を見せるだろう。

冷静に考えれば、一刻も早く本部を脱出するべきだ。

問題を回避しようと足掻いていた、少し前までの自分ならば、その当然の選択を迷わず選び取るだろうに。

しかし、今の衣織には出来なかった。

「死んでないといいんだけど……」

ふざけた台詞に反して、彼の面は真剣で。

鋭い眼差しの先には、閉ざされたままのシャッターが存在した。

「雪」

呼びかけに応じる者は、いない。

少年の眉がきつく寄せる。

脳裏に浮かぶは、最後に目にした彼。

別れ際の雪の状態は、あまりにもひどかったのだ。

常ならともかくとして、今自分が倒した敵と相当する人数に襲われでもしたら、術師に勝機はない。

衣織は撃ち尽くしたリボルバーに弾丸を装填しつつ、キョロキョロと周囲を見回した。

しばらく何かを探していた二つの眼が、ピタリと天井のある一点で停止。

「ったく、無事じゃなきゃ殺してやる」

黒曜石が捉えたのは、小さな通風口であった。




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