不機嫌。




連射された銃弾の雨に唇を噛むと、衣織はアキレス腱に力を入れて床を蹴った。

驚異的な平衡感覚と体重移動で壁を足場に天井に向かって体を飛ばす。

そのまま身体を捻り、引き抜いていたリボルバーの引き金を空中で立て続けに絞った。

「ぐっ」
「ぎゃぁっ」

乾いた銃声は、他の連続する鉛音の中で不思議と違った響きを有し、赤い壁の一角を切り取った。

軽い動きで着地するや、浮き足立った敵の群れに向かって走り出す。

慌てて発砲された弾丸は、ろくに狙いも定められず少年の影ばかりを打ち抜いては弾ける。

それを尻目に敵のただ中に飛び込んだ少年は、襲いかかる複数の攻撃を鮮やかなステップで避けつつ、反対に粗暴な動きで人壁を蹴りつけた。

細い身体のどこにそんな力があるのだろうか。

力の集まる場所を見極めた一撃を受けた軍人は、周囲の人間をも巻き込んで卒倒した。

こうなれば密集していることが命取り。

悲惨過ぎる将棋倒しは、時に何よりも惨い攻撃となる。

互いの体重と圧で肺破裂を起こし吐血する者は少なくない。

冷めた黒曜石でそれらを確認すると、衣織は残りの敵に視線を飛ばす。

「ヒッ」

複数対一。

数では圧倒的に勝っているイルビナ軍は、しかし完全に実力で劣っている。

けれど、銃器から軍刀に持ち替えたのは遅いながらも正しい判断で、まだ欠片であろうと理性が残っている証拠であった。

懐に入られては銃など何の役にも立たないのだから。

赤い電灯の輝きを反射した凶刃が、テキスト通りの綺麗な型で衣織を襲う。

四方から同時に繰り出されたサーベルを、銃身でまとめて受け止める。

上方からの攻撃は重く、長く保つわけもないと知りながら、ぐっと力を拮抗させた。

「な、なんだっ。もう終わりかっ」

変に上擦った声を出す軍曹は、台詞の端々に安堵の色を滲ませる。

除々にイルビナの刃が華奢な少年に迫ることで、決着を予感したのだろう。

他の者達に目を向ければ、皆同じ気持ちのようだ。

手勢は最早数人。

子供1人に対し多すぎる犠牲だが、それもこれで終わる。

軍曹の予感は正しかった。

「油断してんじゃねーよ」
「え?」

ふっと相対する力が失せたと認識した途端、四人の軍人はグラリと体勢を崩した。

衣織は敵の足元から前受身で転がり出ると、身を低くしたまま左足を床と水平に走らせた。

「うわっ」

強烈な足払いで相手を横転させ、素早く体を起こすや一人の喉元を砕いてやる。

二人の左胸には鉛を放ち、残された最後の1人には。

「だから、気をつけろって言っただろ?」

悪戯な輝きを持つ黒曜石を見上げた男は、次の瞬間鳩尾に走った抉るような衝撃に意識を飛ばしたのだった。




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