大将。
SIDE:雪
己の前に立ちはだかる一枚の壁。
男は歪む視界に頓着することなく、厳しい瞳で視界に納めた。
衣織と離れた途端、まるで引き離すように下ろされた防犯用のシャッターは、術師の鼓膜に少年の音が吹き込むことを妨害していた。
シンッと静まり返ったこちら側。
壁の向こうでは一体何が起こっているのか、雪に知る術はない。
平生ならばエレメントで破壊してしまうものだが、残念ながら今の自分にはそれも叶わぬと、術師はよく自覚していた。
どうすればいいのか。
答えは簡単だった。
ここでただシャッターを前に突っ立っていたとして、何がどうなることもあるまい。
不安はあるが、あの少年の実力ならば無事にここを脱出することが出来るはず。
ならば、自分は己の役目を果たすまで。
相も変わらず眩暈や頭痛はあったが、出来ぬほどでもあるまい。
雪は目蓋を下ろすと、シャッターに額を当てた。
祈り。
まるで一枚の絵画のような光景は、白銀の聖者が天に想いを捧げているようだ。
柄にもない自身の行動を内心で自嘲する。
誰に祈るというのだろう。
信ずる神などいはしないと言うのに。
けれど、恋人の身だけは祈らずにはいられないのだ。
「衣織……」
聖者の唇が、愛しき人の名を紡ぐ。
その時であった。
「やぁ。体調悪そうだけど、大丈夫?」
明るい音色が無音の世界に木霊した。
それまでの表情を掻き消し、術師の背筋に緊張が走る。
一体いつ、現れたのだろうか。
本調子でないとしても、声がかけられるまるで気付くことが出来なかった。
雪はゆっくりと目蓋を持ち上げると、静かに背後を振り返る。
「あぁ、本当に銀髪金眼なんだ。うん、綺麗な色だね」
「……何者だ」
金色の眼に映されたのは、甘やかなハニーブロンドの髪と、透き通るような緋色の瞳を持った美貌の主であった。
自分とそう変わらぬ身長が纏う紅の軍服に、相手が敵であると認識する。
彼は雪の問いに一瞬だけきょとんとして見せると、楽しそうに口角を持ち上げた。
「何言ってるんだよ。やだなぁ、ここはイルビナ軍だよ?君の方こそ何者?」
揶揄するような口調に、術師の双眸が眇められる。
雪は理解していた。
この掴めない笑顔を浮かべる男には、欠片程の隙もないと言うことを。
どころか、佇んでいるだけで発せられる気迫には、実力者特有のものが含まれている。
嫌なものに当たってしまったと、内心で考えていた彼に、緋色は喉を振るわせた。
「なんてね」
くすくすと笑む男が、一歩一歩と距離を縮める。
それは同時に、雪の間合いに侵入するということ。
何の躊躇いもなく足を進める男は、花のように雅な笑顔で言葉を紡いだ。
「初めまして、雪=華真くん。イルビナ軍大将、火澄=苑麗です……今、時間あるかな?」
金色の眼が、驚愕に瞠られた。
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