清凛家は貴族の邸宅が密集したE地区においても、一際目の惹く屋敷である。

古イルビナ様式で建てられた精緻な造りの景観を始め、多くの使用人を抱え、イルビナ四大貴族の名に相応しい贅沢な暮らしぶりだ。

以前よりも権威が落ちたと噂されているが、紫倉と言う有能な人材によって、一時期の低迷振りからは考えられぬほどの復興を見せている。

清凛家は、冷徹な彼女によって支えられているのだ。

しかしながら、没した父に代わって当主を継いだのは、紫倉ではなかった。

「紫倉様」

深紅の絨毯が敷き詰められた廊下を、高いヒールで踏み付ける女を呼び止めたのは、先代から使える執事である。

「なんだ?」

先ほどの笑顔など幻のような無表情で応じるも、相手は当の昔に慣れている。

恭しい一礼の後に、簡潔な報告を行った。

「軍から召集命令が出されております。至急、本部へとのことです」
「召集令だと?こんな時間に一体……」

柳眉を顰め零した囁きにも、執事は適切な返答を寄越す。

「伝令の方からは、侵入者ありとの伝言を承っております」
「……なに?」

自室に向かう主の後ろに従っていた彼は、急に足を止めた相手に合わせてピタリと歩を停止させた。

それから、何かを思うところでもあるのか、しばし物思いに耽る。

「まさか……」

忠実な執事は彼女の思案を決して邪魔することなく傍らに佇み、そうして意識を戻るまでのつかの間そうやっていた。

「分かった。五分後に車を回しておけ」
「承知致しました」

完璧な礼をして踵を返そうとした彼を、しかし紫倉は思い出したように呼び止めた。

応じて振り返れば、すっと差し出される。

「これは?」
「捨てておけ。それと、主治医に伝えろ―――余計なことはするな、と」

それはレースの栞が挟まれた、一冊の本であった。




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