SIDE:紫倉

「まだ、お休みにならないのですか?」

久方ぶりに足を踏み入れた室内は、真夜中にも関わらず暖かな橙色の光に満たされていて、女は豪奢な寝台に身を置く人物に声をかけた。

日頃とはまるで異なる優しげな微笑は、それだけ彼女が相手に対して心を許している証拠だろう。

上半身を起こして本を読んでいた部屋の主は、傍らに立った女に向かって可憐な笑顔を浮かべた。

「紫倉、お帰りなさい」

サファイアのような大きな瞳。

緩く波打つプラチナブロンドの髪。

同じ色であっても対極を形成するその人物は、愛らしい少女のような姿である。

分厚な本にレースの栞を挟むと、化粧気のない純粋な美しさを持つ面で紅に身を包む紫倉を見つめた。

「ただいま戻りました、姉上」

ルージュに飾られた唇で紡いだ台詞は、知らぬ者が聞けば耳を疑ったであろう。

誰がどう見ても、怜悧な瞳を今は優しく和ませる女が、この少女の妹だとは思えない。

しかし、それは事実であった。

「あまり遅くまで起きていてはお体に障ります。そろそろお休みになった方がよろしいですよ」
「ふふ、大丈夫。最近はとっても調子がいいんだもの。それに紫倉?硬い口調は止めてって言っているじゃない。お仕事をしているわけじゃないのよ」
「えぇ…まぁ……」

仕事中の方がよっぽどひどい言葉遣いをしているとは、とても言えない。

大佐は曖昧に濁すと、話題を変えるように姉の手から本を取った。

「これは?」

見覚えのない表紙は、最近庶民の間で流行しているシリーズの第一巻であったが、娯楽作品の類を読まない紫倉は知らない。

「人気の作品なんですって。碌先生が貸して下さったの」
「主治医が……」
「女性剣士が世界を冒険するお話なんだけど、途中に沢山の試練が降りかかって来て―――」

夢中で話してみせる少女は、冷えた輝きを見せる紫倉の眼が、彼女の手の内に納められた本を捉えていることには気付かなかった。

「それでね」
「姉上、お話はまた後日。さぁ、明かりを消しますよ?」

話しを遮りスタンドに手を伸ばした女に、少女は感情のまま不満そうな顔を作る。

「もう、いつもそう言うけれど、お仕事が急がしいって言ってあまりお屋敷に戻らないじゃないの」
「もう暫くすれば、時間が取れますから」
「本当?」
「えぇ、本当に」

真意を探るような青い光を真っ向から受け止め頷いてみせれば、ようやく納得したのか、姉はいそいそとベッドに潜り込んだ。

明かりを消せばふっと闇が訪れる。

壊れ物を扱うかのような仕草でウェーブがかった豊かな金髪を撫でると、姉の目蓋がゆっくりと下りて。

「お休みなさい、姉上」
「お休みなさい、紫倉」

紫倉は静かに踵を返し、寝室を後にした。

姉が読んでいた本を持ったまま。




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